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人、時間、そして研究をつなぐ「疫学」

社会医学講座 准教授 鈴木 孝太(2015年7月)

卒業後も続けているアイスホッケーチームの仲間たちと(手前33番が筆者)

卒業後も続けているアイスホッケーチームの仲間たちと(手前33番が筆者)

このページをご覧になる方は、きっと医学部、そして医学研究というものに少なからず関心がある方だと思いますが、医学研究についてどのようなイメージをお持ちでしょうか?他の先生方のページを最初にご覧になられた方は、それらを読んで「おぉ、まさにこれが医学研究!」と思われたかもしれませんし、私のページを最初に見てしまった方は、この後の文章を読んで「ん?これが医学研究?」と思われるかもしれません。そんなちょっと変わった研究を簡単に紹介したいと思います。

私は、2000年に山梨医科大学を卒業し、卒後しばらくは産婦人科で臨床に従事していました。学生のころは、部活(アイスホッケー)にのめりこみ、医学研究には全く興味もなく、留学どころか海外旅行すら自分には縁遠いことのように感じていました。しかしそのころから「白衣を着ない医師=病院ではなく社会で働く医師」という存在に関心があり、現在所属している社会医学講座(旧保健学Ⅱ講座)で公衆衛生に従事する医師などについて学生実習をしたことなどから、10年ほど前に山縣然太朗教授に声をかけていただき、疫学者としての第一歩を踏み出しました。

さて、「疫学」と言われても、ピンとこない方が多いと思います。そもそもはイギリスの麻酔科医John Snowが、1883年にコレラ菌をコッホが発見する30年以上前の1848年に、ロンドンの井戸水とコレラ患者の発生状況の関連を明らかにし、流行の蔓延を防いだことから始まった学問で、当初は感染症を予防するための学問でした。しかし現在では、感染症にとどまらず、さまざまな疾患を予防、あるいは健康を維持するために必要な学問として位置づけられています。具体的には、ある物質や行動、環境が疾患の原因であると疑われるときに、その因果関係を明らかにするために、研究をデザインし、データを収集・解析していくという研究です。ですから、白衣を着て病院や研究室にいるというよりも、私たちが生活している社会に出て、健康でいる人、病気になる人、そういったさまざまな人やその周りにある環境を知ることが研究の基礎になっています。

では、具体的に私がどのような研究をしているか、簡単に説明します。もともと産婦人科医として働いていたこともあり、妊婦の喫煙を含む生活習慣や環境が、お腹の中や、そして生まれてきてから子どもの発育・発達にどう影響するか、いくつかの病院、ある地域全体、さらには全国のデータなどを用いて検討しています。このように書くと、ちょっと統計を勉強して、パソコンで解析をすればすぐに結果が出るだろう、と思われるかもしれませんが、その解析に至るまでの過程はとても長く、そして過酷なものです。皆さんもちょっと想像してみてください。突如、アンケートが送られてきたとき、どのくらい協力しようと思いますか?私たちの研究は、患者さんのみならず一般の方を対象に調査を行うため、現時点では全く健康状態に問題がなく、困っていない方も大勢います。そのような方に調査に協力してもらって、データを収集するために、まずはどのように調査の説明をして、理解してもらうか、そして協力してもらうかということから必死に考えなければなりません。その上、私が主に行っている「出生コホート研究」では、生まれてきたお子さんの発育・発達を小学生、そして中学生に至るまで追跡していくのですが、できるだけ多くの方を追跡しないと、正しい結果を得ることができません。データが集まるまでに何年もの時間、そして大勢の人の努力、多大な費用が必要です。ですから、これらの調査については、住民の皆さん、参加者の皆さんの協力はもちろんのこと、対象となる自治体で働く職員の皆さんや医療機関の皆さんの協力が不可欠であり、皆さんの間に入って、さまざまな意見を聞きながら調査を実施しています。一方で、すでに収集されたデータをもとに研究を行う場合には、研究に必要な情報が含まれていないことがほとんどであり、限られた情報だけで解析を行ったうえで、これまでに実施されてきた他の研究結果を考慮するなどして、事実を推し量っていかなければなりません。このようにして、長期間にわたり、大勢の人の協力のもと実施している、いくつかの研究を紹介します。

私たち社会医学講座では、山梨県甲州市と共同で25年以上、地域で生まれたお子さんを中学生まで追跡している「甲州プロジェクト」という研究を進めています。これまでに妊娠中の喫煙が出生体重を120g~150g小さくすること、また生まれてきた子どもの肥満と関連していることなどを明らかにしてきました。さらに山梨大学は、環境省が全国で10万組の親子を対象に実施している「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の15ヶ所あるユニットセンターの一つとして、山梨県内の約4600組の親子を対象に調査を実施しています。この調査は現在も進行しているものですが、全国データを用いた解析で、妊婦の喫煙と出生体重の関係については、甲州市での調査結果と同様の結果が得られています。一方で、例えば出生届のようなもうすでに存在しているデータを使って、東日本大震災の被災地で妊娠初期に被災した妊婦さんからは、通常よりも男児が少なく生まれたというような事実も明らかにしています。

このような結果は、現実社会の一断面を客観的に観察し、記述しているものです。そのため、研究結果を社会に還元しやすいという特徴があります。例えばある地域の妊婦の喫煙率を下げれば、その地域での赤ちゃんの出生体重は増えるでしょうし、肥満の子どもの割合も下がる可能性が高くなります。一方で、そのメカニズムについては、まだまだわからないことが多く、動物や細胞、遺伝子を使った実験によって明らかにしていく必要も多々あります。つまり、私たちの研究結果は、それを現実社会でどのように実践していくかというマクロな研究、メカニズムの追求というミクロな研究のどちらにもつながっていく可能性があります。

「疫学」は医学研究の中でも一時点で完結するものではなく、研究の対象となる人のみならず、その人を取り巻くさまざまな「人」をつなぎ、人生という「時間」をつなぎ、さらにさまざまな将来の「研究」につながっていく研究です。一つ一つのデータに、対象となった人はもちろんのこと、さまざまな人の努力や気持ちも凝縮されていることを忘れず、その思いを無駄にしないよう、これからも研究を進めていくつもりです。

もし皆さんが、いつか、どこかで疫学研究の対象となったときには、ご協力いただければ幸いです。

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