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サイエンス・ハイな一日

医学教育センター 生物化学 齋藤 正夫  (2014年5月)

(2012年宮古島大会 team timex の一員として参加)
 私はスイス留学中にツールドフランスを偶然見る機会があり、以降自転車に興味を持ち、徐々にエスカレートし、現在はトライアスロンを趣味としています。巷では、マラソンブームでランナーズ・ハイなる言葉も聞かれる中、約20年の研究生活の中で、忘れられない思い出深い(サイエンス・ハイ/ポスドク・ハイ?)一日があり、それを振り返ってみたいと思います。
 私は、大学院時代、いくつかの研究テーマをもらい同時に進めていた。そのなかで、新規であろうと思われる2つの遺伝子の塩基配列の決定するテーマがあった。当時はゲルを自分で作製し、自分で塩基配列を決定するためのシークエンス反応、そして電気泳動後に解読、コンピューターに入力しなければならず、その手間暇は今日の自動シークエンサーとは比較にならないほどの労力であった。それを数日おきに繰り返すことで、全長の塩基配列を決定できる。その解析を約1年ほど繰り返した結果、1つはある遺伝子の兄弟分子で、これまで1つと考えられたものが実は2つあったという結論に至り論文を発表した。一方、もう一つの分子は全く新たな遺伝子であったため、クローニングした者の特権として命名することができた。ここでは、A分子(gene-A)とする。ちょうどこの頃、平行して行っていた実験結果を論文にまとめることができ、さらに当時池袋にあった癌研・生化学部にボスが研究員として異動することとなり、私も一緒について行くことになった。新たな実験環境となり、この全く新しい遺伝子の機能解析をボスとともに開始した。苦労しながらも、ボスがみごとに解析に成功し、細胞死を誘導する機能を持つことを発見した。そこで、細胞死を誘導する分子機構を解析するために、私はA分子に結合する分子を同定する実験を開始した。約半年後、T分子がA分子に結合することを見いだした。その後、順調に実験が進んでいき、T分子の作用機序もわかりつつあった。ある時、T分子のリコンビナントタンパク質(試験管内で作製したタンパク質)を使用した実験を開始したところ、始めた当初は予想通りの結果が出た。しかし、日が経つにつれ、思うような結果が出なくなり、さらに数日後には、全く実験がうまくいかなくなってしまい、焦る以上に失望感に満たされてしまった。翌日の金曜日は、毎週行っていたボスとのグループミーティング(私を含め6−8人)を控え、さらに4日後の月曜日には、生化学部全体(我々のグループを含め3つのグループがあった)で3週間に一度の我々のグループの発表も控えていた。一向に原因がわからず諦めかけていたとき、ふとある論文のマテメソ(materials and methods)の最後に書かれてあった一行に目が留まった。「T分子は−20度でも酸化されることがある(本来は英語)。」T分子は自身の中にS-S結合があるため、酸化還元を司る酵素であり、還元型のリコンビナントタンパクを精製し、実験していたはずであった。−20度で凍結されていたタンパク質が酸化されるとは思ってもみなかった私にとって、この論文の一行で、目から鱗がおち、居ても立ってもいられなくなり、翌日に控えたミーティングに間に合わせるために、夜中の1時ぐらいから実験を開始した。ほぼ徹夜で実験を終え、半信半疑である仮説を唱えミーティングを終えた。その日の午後はバイト(外勤)だったが、眠気も吹っ飛び、往復の道中・診療中も仮説の実証方法しか考えられず、金曜日夜から月曜日まで、考えられる実験がすべてうまくいった。これほど月曜日のミーティングを待ち遠しかったことがなかった。結果として、T分子の還元型のみがA分子に結合し、酸化型は結合しないという結論を導くことができた。このことから、レドックス(酸化還元)シグナルからリン酸化シグナル(A分子はリン酸化酵素)へのスイッチ機構を明らかにできたのである。その数ヶ月後、これらの実験結果の論文をまとめ、最初はNatureに投稿し、2ヶ月後リジェクトされてしまった。その後、EMBO J.に送り、リバイスの際に指示されたコメントが大変的確であり、これもすぐに結果を出すことができ、論文は受理された。本論文は、現在まで引用回数が1000回をこえ、私の最も重要な論文の一つとなっている。後の祭りだが、リバイスのコメント内容を最初から思いついていればNatureも夢ででもなかったと、少しだけ後悔した。
 私にとって、夜中に見つけた論文とそのマテメソの最後に記載してあった一文なければ、もう数日悩み続けていたであろう。その一文を書いてくれた著者には感謝しており、的確に論文を書く重要性や影響力をあらためて実感している。またその一文を見つけたときの感動や状況は未だに目に焼きついており、一生忘れることがないであろう。その後も、そんな感動をめざし、研究を続けているが、残念ながらこれに勝るものは経験していない。偶然ばかりを期待しているわけではないが、能力に限界がある以上、偶然の賜も見逃さないように心がけている。
 私は、基礎研究を通じ、癌研や留学先などいろいろな施設や大学で、多くの同僚たちと研究をすることができた。なかでも、暗く狭く決して綺麗とはいえない癌研で一緒に過ごした同僚とは、いまでも、酒を酌み交わしながら当時の思い出をふりかえることも多く、人との出会いにも感謝している。また、私の時代は「博付け」といって、学位をとり博士になり開業するものが多かった。私も研究を始めたきっかけは、学位(ph.D:Philosophy of Doctor)を取ることだった。しかし、学位を取り、さらに研究続け20年近くが経った今、自分のサイエンスを発表することはできるようになったと思うが、自分のサイエンスを語れてこそ本当の哲学史(Philosophy of Doctor)なのだろうと、最近思っている。それには、もうすこし、自分のサイエンスを突き詰める必要性を感じている。
 私は、昨年6月より、生物化学の講義を担当しております。私の専門は分子生物学・分子病理学で、本来の「化学」とはいささか異なっている故、本来の一般教養教育というより、基礎医学のプロローグ的な教育をしたいと思っております。また学生さんには研究の魅力も教授したいと思っております。
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