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Academic Mental Health Nursingを目指して

水野 恵理子

健康・生活支援看護学講座 精神看護学 (2014年1月)

 山梨大学に赴任してから3月でちょうど10年になります。この原稿を書くにあたり、教育・研究に携わってきた理由を考えてみたところ、ある言葉が浮かびました。「看護はこれからの学問」。黒田裕子先生(現北里大学教授)と父(現長崎大学名誉教授)から言われたことであり、当時学部生であった私はこの言葉に、新鮮な響きと看護が秘めている未知の可能性のようなものを感じました。さらに博士号授与式の日、「研究者のスタート地点に立ったね、これからだよ」と、恩師である眞野喜洋先生(現東京医科歯科大学名誉教授)からのはなむけの言葉によって、研究の道に進む覚悟をもつことを何気に促された気がします。
 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科看護学専攻を卒業後、修士課程へ進み、医学部附属病院で看護師、健診機関の公益事業部で保健師として勤務し、再び母校の博士課程に進みました。学部2年次の精神看護学の授業で幻聴や妄想の不思議さに惹かれ、3年次の臨地実習で若い統合失調症の方を受け持ち、精神疾患を病む人に対する興味は一層強くなりました。4年次の地域看護学や公衆衛生学の授業では、心の健康づくりにおいて看護に何ができるだろうかと真面目に考えていました。そして狭義の精神科看護ではなく、保健の視点を含む精神看護の研究をしたいとの思いから、学校保健や産業保健の研究ができる保健・計画管理学講座(現健康教育学)の門をたたきました。卒業研究から博士課程の間、眞野先生にご指導いただき、労働者の運動習慣・疲労・精神的健康との関係の探索、在宅家族介護者に対するストレスマネジメントプログラムの介入研究を行いました。介入研究では、週1回90分5週間のプログラムに参加可能な介護者の方々を集めることや対照群の設定に苦労しましたが、成果をまとめた論文は日本ストレス学会賞をいただくことになり、驚きとともにコツコツ行うことの大切さを実感しました。博士課程修了後は、縁あって聖路加看護大学精神看護学の助手となりましたが、学部から臨床、大学院に至るまで母校から出たことがなかったせいか、国立大学の雰囲気とは全く異なる聖路加の文化に正直最初は戸惑いました。聖路加での教育・臨床・研究はどれも濃密であり、1年の3分の2は実習先の精神科病院に出向き、実習指導を主としつつ、当時の病院長や病棟スタッフのご協力のもと急性期病棟入院中の統合失調症の患者さんに対する服薬心理教育の介入研究を行いました。この研究を通して、未だ明確になっていない統合失調症の病気認識や治療への構えを垣間見ることができたと思っています。
 ところで、精神科の看護はわからないと言われることがあります。病態の特徴や発症過程の多様さに加え、患者さんの日常生活に極めて密接した場面での援助、例えば安全な場の保証、散歩や買い物の同行、金銭管理、服薬管理、対人交流の拡大、感情の言語化への促しなどが多くの人にはわかりにくいと捉えられるのだと思います。しかしながら、わかりにくさがあるからこそ探究のし甲斐があり、同じ診断名であっても症状・障害の呈し方にその人の個性が反映されることから人間くささ満載であり、これが精神疾患を病む人の看護の魅力だといえます。精神看護学が独立した科目として位置づけられたのは1997年の看護教育カリキュラム改正時であり、他の看護専門領域に比べてその独自の歴史は浅く、マイナー領域でもあり、エビデンスが十分に蓄積されているとはいえません。だからこそ一つひとつの課題を明らかにしていく必要があり、いかなる成果であっても学会・学術誌に発表し次へつなげる、一般の方々へ伝えていく研究者としての責務と、得られた知見を包含した授業・実習を行う教育者としての責務があると考えます。
 ここ数年は、職場における心の健康づくり支援や、実習施設のご協力を得ながら統合失調症を病む人の家族の体験と統合失調症の回復の意味を探究しています。家族の様相について少し例を挙げると、生んだ責任にけりをつけるかのように自己犠牲的な生き方をする病者と一心同体的な母親、夫婦という絆を維持しつつ病者を支えようとする配偶者、病者と生家の行く末をみることを自覚し適度な距離を保ちながら病者を支えようとするきょうだい、と病者への向き合い方は続柄によって異なります。家族は一括りにされることが多いですが、続柄別の体験・思い・二ーズに対する援助を提供する必要があります。ある家族会を訪ねた時、「この研究は家族の何に役立つのですか?私たちがどんな思いで生きているか他人様には到底わからないでしょう。研究の結果は私たちの生活を楽にしてくれるのですか?」と家族から投げかけられました。研究のために自分達がさらし者になるのではないか、部外者に一体何がわかるのかといった不安や懐疑心をもつ家族は少なくありません。ただ、家族の語りを聴かなければ体験していることを知ることはできず、体験を知ることができなければ家族のニーズに沿った実践を生み出すことはできません。研究成果が即家族の生活を楽にするとは言い難いもどかしさや自己満足のための研究をしているのだろうかと悩むことは常にあります。悩んだ挙げ句にいきつくところは、先のような家族に対して自信をもって返答ができるようにささやかな成果を積み重ねていくことが必要なのだという考えであり、これが研究を続ける原動力になっていると思います。
 自分自身がすべきこと(施設との連携とギブ&テイクを大事にした実習、それなりの学術誌へ論文を発表する、外部資金を得て研究するといった当たり前のこと)を行なっていなければ、実践能力をもった学生、研究能力をもった学生、いずれも送り出すことはできないと考えます。どちらかというと一匹狼的で非社交的な性格によって、(ただでさえ狭いのにさらに)狭い世界で研究を行う傾向があることは欠点であると自覚しています。昨年海外の精神障害者支援施設と交流する機会をもちましたので、今年はより密な交流から共同研究の実施へ前進すること、近接分野や他分野との恊働も今後の課題です。これからも患者の深いところでのまともさを信じて1) 精神を病む人と向き合い、諦めず、情熱をもって、地道に研究を続けていき、微力ではありますがacademic mental health nursingの確立に力を注いでいきたいと思っています。
 文献 1) 中井久夫,山口直彦, 看護のための精神医学, p134,医学書院,2001


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