甲州プロジェクト(甲州市母子保健長期縦断調査)概要

 山梨県甲州市と山梨大学医学工学総合研究部社会医学講座は、20年以上にわたり、共同研究として上記プロジェクトを実施している。この縦断調査は、子どもの発育・発達を、母親の妊娠届出時から、現在では中学校3年生まで追跡している。妊娠期から追跡しているコホート研究は世界でもまれなものであり、これまでいくつかの研究成果が国際誌に発表されている。今回は、調査の概要および、調査から明らかになったことを紹介する。

1.調査の目的

 本調査の目的は、甲州市の母子保健、さらには学校保健の現状を把握し、よりよい母子保健行政を実施するための基礎資料とすることである。さらに、将来、母子のみならず人の一生涯の健康問題を明らかにし、より豊かで健やかな人生を送るための対策を検討する上での、重要な縦断的資料となることが期待される。

2.調査の経緯

 旧塩山市の保健環境課(現 甲州市福祉保健部健康増進課)が主体となって山梨医科大学保健学Ⅱ講座(現 山梨大学大学院医学工学総合研究部(山梨大学医学部)社会医学講座)が専門家として加わり、昭和61年(1986年)より準備が始まり、昭和63年(1988年)7月から調査を開始した。以後、全体会議を1年間に1~2回、研究のための打ち合わせを随時開催し、調査票の検討や、研究についての話し合いを行っている。これまでに5回の調査票の変更を実施し、平成12年(2000年)度と平成18年(2006年)度、平成20年(2008年)度以降は毎年、市内の小中学生(小学校4年生~中学校3年生)を対象とした思春期調査を行っている。また、平成17年(2005年)11月に塩山市、勝沼町、大和村の3市町村が合併し甲州市となった後も、調査を新市に引き継いで継続している。

3.調査対象と方法

■乳幼児に対する調査
 調査対象は母子健康手帳交付時の妊婦、1歳6ヵ月児健診、3歳児健診、5歳児健診を受診する全幼児および母親である。甲州市におけるこれまでの乳幼児健診受診率は90~95%であり、ほぼ悉皆調査となっている。
 調査の実施は、アンケート用紙を各健診の受診予定者に対して、健診案内とともにあらかじめ郵送し、健診時に持参してもらう方法により行っている。健診当日は記入漏れの事項や、事故に関する二次質問などを面接で行っている。

■思春期調査
 甲州市全域の小学校4年生から6年生までの児童全員および中学校1年生から3年生までの生徒全員と対象児の保護者を調査対象とし、各学校において、児童生徒(2006年度のみ保護者を含む)に無記名で調査票記入を依頼している。さらに、児童生徒健康診断票から、全児童生徒の身長・体重、う蝕のデータを、大学スタッフが各学校に赴き入力している。また希望校においては、骨強度測定と運動習慣調査を行っている。

4.調査内容

■乳幼児に対する調査
 健康状態、生活習慣および育児に関する内容のアンケート調査(表1)を実施している。各健診時の身体データも抽出している。さらに、母子管理カードから、母子健康手帳交付時、出生届出時、3ヵ月、7ヵ月児健診における身体データ、さらには2歳歯科健診時の身体データを抽出している。

■思春期調査
 平成12年度の調査は、文部省全国調査「心の健康と生活習慣に関する調査」として行ったため、全国調査で使用した調査票を用いた。その後の調査では、平成12年度の調査票を改変して用いている。さらに平成18年からは国内で思春期の調査に集団で使用されている、Birleson自己式抑うつ評価尺度(DSRS-C)を用いて抑うつ状態の評価を行っている。身体データ(身長・体重、う歯)については児童生徒健康診断票から情報を得ている。希望があった学校では、超音波による骨強度測定も行っている。

5.データの入力と解析方法

■乳幼児に対する調査
 調査票データについては、健診終了後、随時、パソコン(現在はデータベースソフトのMS Accessを使用)を用いて入力作業が行われ、電子データに変換される。また母子管理カードのデータについても平成18年度までは、同様に入力作業が行われていたが、平成19年度より甲州市のシステムにある電子データの一部を利用している。個人同定のために市の住民番号をIDとして利用している。母親(妊婦)のIDと児のIDによりアンケートデータと管理票データの連結を行うとともに、個人の各健診時のデータを連結し、縦断(経時)的データとして管理している。データの秘密保持のためにデータ処理は大学の研究室内で行い、入力作業の外部発注は行っていない。また個人同定はIDのみで行い、氏名などの個人情報の入力は行っていない。

■思春期調査
 調査票には氏名は記載されておらず、学校名、学年、組、番号のみが記載されている。調査票回収後、データ入力会社によって電子データに変換される。さらに乳幼児健診データと、甲州市の塩山保健福祉センターにおいて、IDによって連結される。ここまでの作業は、市内小中学校およびセンター内において行われ、氏名などの個人情報がないID化されたデータが大学に移動する。
 データの移動についての概要は図1に示したとおりである。

■データの集計・統計解析
 電子化されたデータは、統計パッケージソフトSAS(株式会社SASインスティテュート)を用いて、プログラムを作成することにより集計、解析されている。表計算ソフトMS ExcelやワープロソフトMS Wordを用いて、各調査の報告書を毎年作成している。
 これらのデータにより、図2のように、妊娠初期から、思春期に至るまでのさまざまな時点において、生活習慣などのリスクファクターと疾患の因果関係を検討していくことが可能である。

6.20年間にわたる調査結果の概要

■妊娠出産

調査開始当初の出生数は年間約240名程度(塩山市)であったが徐々に減少し、合併直前には年間約200名程度となった。合併して甲州市となってからは年間約250名程度となっている。

調査開始時の平均出生体重は3100g超であったが、徐々に減少し最近では平均出生体重が3000gを下回っている。身長、頭囲、胸囲についても同様の傾向を示している。
低出生体重児の割合についても、調査開始当初と比較すると、10%程度とやや増加している傾向を認める。これらについては、全国的な傾向と一致している。
低出生体重児、あるいは子宮内胎児発育遅延については、後述の妊婦の生活習慣との関連が認められた。(文献1)

2.妊婦の生活習慣と就労

①喫煙
妊娠初期における妊婦の喫煙率は、調査開始当初5%程度であったが、近年では10%程度とやや増加傾向を認めている。さらに、妊娠を契機に喫煙をやめたという妊婦の割合も合わせると、喫煙している女性は少しずつ増加している。 同居している人の喫煙については、男性の喫煙率の低下を受けて徐々に減少傾向を認める。 妊娠中の喫煙は、前述の低出生体重児や、子宮内胎児発育遅延だけではなく、出生後の児の肥満にも結び付くことが明らかになってきており、将来的な生活習慣予防という意味でも予防が重要である。(文献2、3、4)

②飲酒
調査開始時から比較して、飲酒する女性の割合は増加している。ただし、妊娠を契機にやめる女性も増えており、妊娠中継続して飲酒している女性の割合は減少している。
③朝食摂取
朝食を毎朝食べる人の割合は減少している。厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、朝食の欠食率は平成11年以降、全体的に男女とも増加していることから、全国的な傾向と同様である。朝食欠食についても、子どもの肥満との関連が本調査のデータから示されており、妊娠前から食習慣を充実させることが重要だと言える。(文献2、3)

■子どもの発育

1歳6ヵ月児また、3歳児の身長・体重、また身長と体重のバランスを見るカウプ指数(体重(kg)×104÷身長(cm)2)については、調査開始時からあまり変化を認めない。 しかしながら5歳児の身長・体重についてはわずかながら減少傾向を認め、カウプ指数も減少傾向であることから、少しやせ気味の子どもが増えていることがうかがえる。また、肥満度20%以上の子どもの割合は、ほとんど変化していない。
本調査から、幼児期の肥満が、思春期の肥満と関連していることが明らかになった。(文献5)


■子どもの生活

子どもの遊ぶ場所については、戸外で遊ぶという子どもの割合が1歳6ヵ月、3歳で増加傾向を認めた。本調査のデータから、1歳6ヵ月児で、室内で遊ぶことが多いことが、思春期の肥満につながることが明らかになった。(文献5)
おやつに関しては、時間を決めて与える、としている割合が約50%であり、調査開始時から大きな変化を認めなかった。おやつの与え方についても、本調査のデータから、思春期の肥満に関連することが明らかになっている。(文献5)

7.結論

 20年以上にわたり、山梨県甲州市と、山梨大学医学工学総合研究部社会医学講座により実施されてきた甲州プロジェクトからは、子どもの健康に関する学術的ないくつかの知見が見出されてきた。さらに、経時的に健康状態や生活習慣を把握することができ、地域の保健活動においても、有用なデータである。今後も、調査結果と調査内容を随時精査することで、その時点における母子保健の課題を素早く把握し、さらには予防を目的とした介入を実施することも可能であり、プロジェクトからの学術的な成果もますます期待される。

参考文献(縦断調査のデータを用いた研究)

1. Kohta Suzuki, Taichiro Tanaka, Naoki Kondo, Junko Minai, Miri Sato, Zentaro Yamagata: Is maternal smoking during early pregnancy a risk factor for all low birth weight infants? Journal of Epidemiology, 18(3); 89-96, 2008.
2. Mizutani T, Suzuki K, Kondo N, Yamagata Z: Association of maternal lifestyles including smoking during pregnancy with childhood obesity. Obesity, 15(12); 3133-3139, 2007.
3. Kohta Suzuki, Daisuke Ando, Miri Sato, Taichiro Tanaka, Naoki Kondo, Zentaro Yamagata: Association between maternal smoking during pregnancy and childhood obesity persists up to 9–10 years of age. Journal of Epidemiology, 19(3); 136-142, 2009.
4. Kohta Suzuki, Naoki Kondo, Miri Sato, Taichiro Tanaka, Daisuke Ando, Zentaro Yamagata: Gender differences in the association between maternal smoking during pregnancy and childhood growth trajectories: Multi-level analysis. International Journal of Obesity, (in press)
5. 石原融、武田康久、水谷隆史、岡本まさ子、古閑美奈子、田村右内、山田七重、成順月、中村和彦、飯島純夫、山縣然太朗:思春期の肥満に対する乳幼児期の体格と生活習慣の関連 母子保健長期縦断研究から.日本公衆衛生雑誌,50(2);106-116,2003.
 
©Center for Birth Cohort Studies (CBCS),Interdisciplinary Graduate School of medicine,
University of Yamanashi