形成外科の長坂です。免疫学講座で博士号を取得させていただきました。本当にありがとうございました。
 免疫学講座を離れてしばらく経ちますが、手を動かして実験したい気持ちが湧き出ています。人間には得意不得意があると言いますが、私にとって実験は不得意中の不得意、スーパー不得意のひとつです。あまりに不得意すぎるために気が滅入り胃が痛くなることもありましたが、それでも続けることができました。中尾先生、中村先生をはじめとした面倒見のいい先生方、あたたかい講座のみなさまのおかげです。帰ってきたらまたスーパー不得意に向き合いたいです。「メンバーからのひとこと」なので、長くなる前に終わりにしようかと思います.
 今後の免疫学講座のさらなる発展を祈っております! さよーならまたいつか!

長坂優香(形成外科)

 生まれも育ちも甲州人ですが、母方の実家が青森にあったので青森の大学で生物を学んでいました。食物アレルギーに興味があるため(家族がアレルギー多いので)、今年の3月の終わりから免疫学講座にお世話になっています。他大学の大学院を見て回ったりしてきましたが、講座の雰囲気と研究している分野、あとは、さまざまな実験をしていると話を聞きこちらでお世話になることに決めました。毎週水曜日の掃除とミーティング(セミナー)、金曜日の抄読会があるくらいで決まりとかが無く自由な感じです。この講座に来てからぼちぼちひと月になりますが、講座の雰囲気にも徐々にですが慣れてきた感じがします。でもいっぱいいっぱいなのでまだまだだと思いますが・・・。基本的な実験の操作を先生がたに教えてもらっています。講座の人たちは真面目で熱心なので自分も必死になってやっている次第です。前にいた大学は、11月から卒研していた人も居たのでぬるかったと思うことが多々ありました。こっちに来てもっと気を引き締めてやらないとダメだなと痛感しました。授業も始まり、研究の課題もいただきこれから本格的に始動すると思いますが、色々な知識やテクニックを覚えていければと思っています。これから、6年間位ですが色々な方々に多大な苦労とご迷惑をおかけします(いろいろな物も壊すかもしれません)が、自分の出来る範囲で頑張っていきますのでよろしくお願いします。長文ですみません・・・。(平18.4.26)

小澤哲朗

 昨年の10月頃から免疫学講座にお邪魔させてもらっています。今年の春からは私の所属する工学部の細胞培養工学講座との共同研究で中尾先生にお世話になることになりました。最近先生方に教えてもらいながら実験を始めました。まだまだ失敗も多く、分からないこともたくさんありますが、皆様に温かく見守っていただいて感謝感謝の毎日です。大腸菌や培地のにおいは臭いですが、何より今は実験することが楽しいです。もっと実験経験を積んで早く満足のいくような実験ができるように頑張ります!! 初めは甲府からの道のりも分からず迷いながら来ていましたが、最近では最短ルートも見つけ、どのタイミングでどこの信号が変わるかも把握してしまいました。講座に来て思ったことは、先生方がすごく真面目だということです。その上とても個性的で面白い方々でした。私も工学部では3枚目キャラと言われますが、こちらではまだバレていない(?)ようです(笑)。山梨に来て早4年となりますが、私は見渡す限り平野の大阪生まれなので、回り全てが山の景色を見ると、未だに遠足に来た気分になってしまいます。(平17.8.4)
 11月の2週目に順天堂大学のアトピーセンターで研修をさせて頂きました。
 あちらは常に人がたくさんいて、また、女の人が多くてとても賑やかで明るいラボでした。ちょうど医学部の3年生の基礎配属の学生さんたちもいたので、恐らくこちらのラボの平均の2倍以上人がいました。教授に次々と紹介を受けつつ、もう名前がこんがらかって来て大変でした。これはきっと全員覚えるのは無理だと思っていたのですが、皆さん気さくで個性的な方達ばかりですぐ覚えてしまっていました。実験は、基礎配属の学生さんと一緒に教えてもらいました。主に西山先生の実験グループの人たちに教えていただいたのですが、とても丁寧に教えてくださったので、凄くわかりやすかったです。特に、助手の方の手さばきに感動!自分も見習おうと思いました。センターには実験・分析の器具が揃っていて実験しやすそうな環境でした。1週間でしたが、温かく迎えてくださり感謝し通しでした。そして、沢山エネルギーをもらえた気がします。ありがとうございました。(平17.11.29)

末永文子

 2004年7月からこの免疫学教室でお世話になっています。実験は全くの素人でしたが、周りの先生たちの指導を受けながら頑張っています。研究ではmotivationの維持が重要であるような気がしますが、中尾教授は教室員皆のために大きな力になってくれます。(平17.4.8)

高野伸一

 免疫学教室にきて、もうすぐ一年になります。ここでは、面倒な集まりや決まり事がなく、自由な雰囲気がとても気に入っています。
 教室には、複数の科から大学院生が集まっていて、雑談していると人生の勉強にもなります。結婚するお金を貯めるのに医局で自炊してみたり、ポーンと豪邸を購入してみたり、たくさんローンを払うのに当直頑張ったり、住宅公園に連れて行かれたり、いろいろな人がいて、独り者の私(←小淵沢の馬が恋人か?)はますます結婚願望から遠ざかってしまいそうです...早く自分の馬飼って、山に移住しないと!!個人的には、最近の間抜けな出来事から学んだことが三つ。1.台風が来るときは、車のガラスが割れて、そのまま廃車になったりすることがある。2.奥歯の詰め物は、古くなると麻婆丼を食べているときに取れてしまったりする。3.家賃は、未納のまま5年が経つと、時効になって支払い義務がなくなる。ところで、実験の方はというと、ヒト好酸球におけるTGF-βに対する応答性の検討をしています。好酸球のたくさん採れそうな方、探しています!!今年度からは、ちょっとずつ、皮膚科とも関連したケロイドや強皮症の実験もスタートする予定です。これからも、楽しく頑張っていこうと思いますのでどうぞよろしくお願いします。(平17.4.8)

みれい(神崎美玲)

 整形外科から2004年4月より免疫学でお世話になり、骨・軟骨を研究しています。
臨床とは違う深い世界で誰も知らない未知の事を研究し解明していくことは難しく、日々苦悩しています。でも研究は楽しくやってますo(^o^)o(平17.4.8)
 追伸:今年はなんだか出産ラッシュで僕のところももう少しで出産です。いろいろ不安なことが多いですが楽しみに待ってます。(平17.7.21)
 2005年8月17日に長男が産まれました。名前は渡邉大河(たいが)と付けました。なにより健康に育ってくれればと思います。赤ちゃんって起きていても寝ていても見てて飽きないもんですね!(自分の子供だからかな!?)よしゆき(^o^)
 P.S.ただいま妻がまだ実家で休養しているため、独身です?!?!?!?(平17.9.1)

よしゆき(渡辺義孝)

 昨年10月から免疫学教室でお世話になっています。医師免許を取ってからそろそろ10年になりますが臨床にどっぷりと浸かって研究の”け”の字もしてこなかったため、とまどいの毎日でした。最近やっとマウスや細胞の世話が思うようにでき、ようやく落ち着いて実験できる環境になったかなと思っています。研究とアルバイトで忙しい日々をすごしていますがあと1年がんばります。(平17.4.8)

佐久間陸友

(平成21.5.26)
 論文受理に際して、この度Journal of Immunologyに論文,「A sub-cytotoxic dose of subtilase cytotoxin prevents LPS-induced inflammatory responses, depending on its capacity to induce the unfolded protein response」が受理となりました。それに際して感想を書けとのお達しが出たので、重い筆をとりつつ。大沼さんから提出期限まであと3時間と言われましたので慌てて書いています。
 思い返せば、免疫学講座に配属になったのは今から2年前の春のことでした。
当時はピペットの持ち方も分からず、何のためにどういった実験をするのかもわからず、ミーティングでは理解不能なアルファベット群が飛び交う、まさに暗中模索の中でのスタートでした。分からない単語を調べようにも調べるためのノウハウもなく、気軽に周囲の先生方に尋ねられるほどの社交性を持ち合わせていなかった僕には、もうどうしようか、ここに来たのが間違いだったのか、やっぱり1年の時に授業中ほぼ全寝がいけなかったのだろうか…と、あることないことを考えては、次第に実験室に通うのも最低限細胞のお世話をしに、だけの状態が数週間~数か月続いていました。
 そんな夏のこと――この時点ですでに1シーズンをふいにしているわけですが――そこから衝撃的な出会いと、人が変わったような実験の日々……! が待っているわけもなく。もはやモチベーションも下り坂になりかけた僕に上述のテーマを宛がってくださったのが中尾教授と、当時ご指導いただいた整形外科の小山先生でした。(OB参照)
 そもそも当時は,「研究室に配属になる」ことの意味を理解しておらず、ただなんとなく通っていればいい、程度の認識でした。しかし毎日マウスの世話をし、手足の腫れ具合を測定していく中で少しずつ実験に対する責任感なるものが生まれ、テーマに対する好奇心が膨らんでくるのを、先生方のお叱りも受けつつようやっと感じることができるようになった次第です。今考えると当たり前のことなのですが、いくら学生といえども研究室の一員になるということは、そうなった以上周囲の院生の方や先生方と同じように責任を持って取り組まなければいけない、遊びでなる(やる)のではない、ということです。当時の僕は理解はしているつもりでも実際に行動として表れていなかったので、つまりはそういうことでしょう。
 そしてここから怒涛の快進撃が始まる、のかと思いきや、今度は実験手技的な問題、論理的思考力の問題(これは未だに大きな課題の一つですが)が立ちはだかります。「アイデアの無い者にも研究はできる。しかし、研究者になることはできない」とは分子情報伝達学の北村教授が掲げる理念ですが、当時はアイデアなど勿論、研究(実験)も満足にはできずといった、情けない状態であったことは確かです。そしてそういった意味では、今現在の自分もいまだに研究者には成れていないのではないかと思います。
 そろそろ僕の話にも飽きてきたころだと思いますので手短にいきますが、そんな僕でも2年間やっていればtermの意味も大体は理解できるようになり、手技もそれなりには身に付き、ポジティブなデータもある程度まとまって揃うようになり、こうして素晴らしいジャーナルにacceptされる運びとなりました。これは本当に僕だけの力ではなく、中尾先生をはじめとした多くの方々からの、文字通り多大なるご支援の上に成り立つものだと実感し、恵まれた周囲の環境にただただ感謝するばかりです。実感はと言われますと、はっきりしない、というのが正直なところです。Epubになり書籍になって改めて訪れるものなのだろうな、と期待してはおりますが。
 兎にも角にも学生の身分でありながら論文を出すことができ、山梨大学の「ライフサイエンス特進コース」の制度の下、その理念の体現ができたことにつきましても大変光栄に思っていますし、正直ホッとしています。これからも、今回のacceptに(十分満足ですが)満足せず、続けて精進していきたいと考えております。周囲の方々対する最大限の感謝と、引き続きのご指導のほどをお願いしつつ、論文受理に際しての感想とさせていただきます。ありがとうございました。

(平成21.4.8)
 免疫学講座に配属になって早や2年が経ち、いつの間にやら年月だけは最古参の一人になろうとしています。この1年を振り返ってみると、夜遅くまで飲み会をしたり、初めての追試に行ったり(2つも!) と、本当に頑張っているのか疑問な場面も多々ありましたが。(夜中まで実験することも勿論あります、念のため) 初めての学会に参加(発表は未達成)したり、周囲の多大なるご協力のもと雑誌に投稿してみたり(現在Revise中…)と、自分なりには充実感を得られた年であったと思います。
 いよいよ3年目ともなると周囲の方々に甘えているわけにもいかず、実験計画はもちろん、アイデアに関しても自分で提案できるようになっていかなければなぁ。そのためには勉強しなければなぁ。と思案(しているだけ?) の毎日です。本腰を入れられる期間も残り少なくなってきましたので―もちろん卒業するまでは頑張る予定ですが―密度の高い毎日を過ごしていけるよう、改めて志す次第です。

(平成20.3.18)
 昨年から特進コースの免疫学講座に配属となって早くも1年が経ちました。授業や部活との両立は大変ですが、その分充実した学生生活を送れていると思っています。いまだにマウスの扱いに慣れず奮闘したり、実験予定や工程が怪しくなったりすることもあり、反省の毎日です…。が、来年度から新たな学部の後輩も入ってくるということもあり、いつまでも先輩方や先生方に甘えているわけにもいかないので、気合を入れてまた1年がんばっていきたいと思います。(医学部医学科2年:特進コース)

原間大輔(医学部医学科4年:特進コース)

 無事に修士課程を修了しました西村です。まだ医局に居座っていますが・・・。2年間を振り返ってみると、あっという間に過ぎて行ったなぁと思います。いろんなことがありましたが、免疫学講座でお世話になった2年間は自分にとって大変貴重なものだったと感じています。研究以外にも、さまざまなイベントを通して他の講座の方々と交流を深めることもでき、大変恵まれた環境だったと思います。失敗ばかりで、なかなか成長しない私を指導して下さった教授に大変感謝しております。また、社会人としての常識を知らない私に、社会のマナーや事務的なことを1から教えて下さった秘書の大沼さん。辛い時、悲しい時、そして落ち込んでる時に、優しく手を差し伸べて下さいました。免疫学講座の皆さんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今年4月1日から社会人として新たな生活がスタートします。まだまだ勉強不足なところやこれからもっと辛いことがあると思いますが、前向きに頑張っていきたいと思います。時間ができたときに皆さんに会いに行きますね(^∀^)(平成21.3.19卒業)

 (平成20.4.7)昨年の4月から免疫学講座でお世話になっております、修士2年の西村美香です。
一年があっという間に過ぎていき、早かったことを感じてます。もうすっかり山梨にも慣れてきました。以前は、青森に住んでいましたが、気候も方言もまったく違います(当たり前ですね・・・)
 私たちの講座では、合同ミーティングやセミナー、合宿を行っており、いろんな方の研究を知り、大変勉強になると思います。合宿では、先生方の講義と自分が行っている研究内容を発表する機会があります。私は、講座の中で最初に発表したのですが、とても緊張しました。また、私だけ、ダイエットのプレゼンテーションまでしました。緊張したことや、恥ずかしかった思い出が蘇ってきます。今度もオマケのプレゼンを行うかも??しれません。
 この講座に入って私は自分で考えることの大切さを知りました。まだまだ勉強不足であることと、自分の考えをきちんと言えてないので、残り1年で、自分のアイデアと考えが出せるように頑張っていきたいと思います。
 研究以外では、ソフトボール大会や忘年会といったイベントもあり他の講座の人たちと交流を深められます。いろんな方と出会えたことに、大変感謝してます。

西村美香(修士2年)

 あっという間に、修士課程2年間が過ぎてしまいました。ここでの生活はただただ研究の毎日でした。彼女のことも忘れ、実験ばかり、その結果ふられ、大沼さんの前で大泣き、教授からはミスチルのCD「旅立ちの歌」を贈られ、講座内の人たちにはやさしくからかわれ、さらに実験に没頭し、約一年半という短期間で論文がacceptされるという2年間でした。簡単に言うとこんな感じなのですが、今まで生きてきた中で、最も濃厚で充実した時間を過ごすことができたと思っています。皆さんありがとうございました。(平成21.3.19卒業)

中村勇規(修士2年)

 僕は大学卒業後、2008年から2010年の2年間の修士課程を免疫学講座で過ごしました。ここで、中尾教授をはじめとして、優れた師や先生方、志の高い学生に出会ったことがきっかけとなり医師になる決意をしました。もし自分が山梨大学の大学院に行っていなかったら医師になろうとは思わなかったでしょうから人生は出会いだな、とつくづく思います。修士終了後は薬剤師として働きながら一般入試と学士編入試験の両方を視野に入れて受験勉強をやり、今年なんとか弘前大学医学部に2年次後期編入学することができました。
 授業のスタートとともにいきなり解剖学実習が始まりました。医師になれる、という実感がじわじわと湧いてきている今日この頃です。まだ勉強を含めた生活のペースが全くつかめていませんが、この状況は僕が免疫学講座に来た当時と非常に似ています。あの時も最初は大変だったけれど、あとは普通にやっていけたので、今回の学生生活も真面目にやればきっと大丈夫だろう、という経験からくる、ある種の気楽さのようなものがあります。日々の勉強を通し、20代前半の頃と比較して、記憶力の衰えは確かに感じていますが、やる気と繰り返し反復することでカバーできると思っています。
 以上、ようやくスタートラインに立てたので、これから4年半で卒業できるように一生懸命勉強します。免疫学講座の皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします。

 (平成22.3.19卒業に寄せて)免疫学講座での二年間はあっという間でした。研究を始めた当初は右も左も分からない状態で、僕が初めて参加したミーティングの時、特待生のH君が、まだ研究を始めて一年程度であるにも関わらず、堂々と研究発表している姿を見て、カルチャーショックを受けたのも今となってはいい思い出です。そんな状態から僕の大学院生活がスタートしましたが、教授や周囲の方々からいろいろと教えを頂き、少しずつではありますが、自分自身成長してこれた、と思っています。(未だに至らない点は多くありますが・・・)四月から社会人として、今までとは全く異なる環境で新たなスタートを切る事になりますが、免疫学講座で学んだ事を糧にしてステップアップしていこうと思います。二年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。

岡崎創司(修士修了/弘前大学医学部2年(H23年10月学士編入))

 耳鼻科の山本です。2009年1月からの1年3カ月… 決り文句ですがあっという間でした。
「せっかく大学にいるんだし研究という分野も経験しておくかな」というやや不純な動機で大学院へ進学し、またこの免疫学教室にお世話になる経緯も自主的にというよりは流動的に配属されることになったのですが、中尾教授をはじめ、免疫学教室スタッフの方々のお力添えを頂き無事卒業と相成りました。
この1年3カ月を振り返ってみると色々ありました。肝心の研究はというと細胞培養・ELISA・PCRなど基礎的な手技を経験できました。研究以外と言えば、頻回な飲み会at医局は新鮮で楽しかったです。また主に週一回のミーティング時に発せられる中尾教授語録も刺激的でした。とくに印象的なのはある日OZ君に発せられた「もっと自分で物事を考えて、自主的に行動した方がよい。人に言われたことだけやってちゃ女の子にだってもてない!」。胸に響きました。
インフルエンザになり文字通り倒れてしまい学位発表会が延期になったり、ノロウイルス感染もどきの症状で送別会に参加できなかったり、自分でもびっくりするくらいの病弱ぶりでご迷惑をおかけしました。免疫学教室での経験はきっと宝物になると思います。どこかで見かけた際は声をかけてください。(平成22.3.博士修了)

山本卓典(耳鼻科)

 初めまして、今年から免疫学講座でお世話になっております医学科2年の福元です。
「研究ってなんだろう」、漠然に興味を抱き、思い切って飛び込んだ新世界。
 研究室には教授、先生方、事務員の方、研究員の方、技術補佐員の方、先輩方がいらっしゃいます。セミナー、ミーティング等、真面目な場面で飛び交う言葉はまだまだ理解不能です。手技を教わり、一人でやってみた実験結果を見て凹む日も少なくはありません。しかし、中尾教授の優しいお言葉に励まされ、まずは実験の基礎知識や手技を体得すべく必死です。早くこの世界の言葉を共有したい…です。
学部学生にして早くからこのような経験を出来るのは、とても貴重なことだと強く感じ ます。研究室では、研究トークのみならず人生の先輩方々と世間話をするにも、他にない環境で非常に刺激を受けて楽しいです。
 余談ですが…、
 医局の隅に貼られていたある紙にこんな言葉が綴られていました。
「How do you picture your next 5 years ?」
この言葉になぜか感銘を受けて頭から離れない今日この頃でした。
…と思っていたら、いつの間にか最近は
「If you want complete order, join the Marines. -Erik Schmidt」
という言葉に貼り変わっていました。
けどどちらもすごく胸を打つ言葉です。
本当に研究室に入って良かった、頑張ります。

福元秀(特進コース 医学科2年)

 2年生の終わりから免疫学講座でお世話になっております。この講座に参加させていただけた縁に感謝をしながら、毎日楽しく研究をさせていただいています。
 『クローン病の治療法を見つけたい!』単純ですがこれが私のモチベーションの源泉であり、このために私は特進コースに参加させていただきました。
 中尾教授をはじめ先生や先輩方に御指導いただき、ほんの僅かですが実験ができるようになってきたと思います。また研究を始めてちょうど1年が過ぎた今年の2月には論文も出させていただけました。腸炎に関して自分たちが世界に先駆け新しい事実を発見したということ、そしてまたそのFirst authorとして世界に情報を発信できたということは、自分にとって予想以上に大きな出来事であり更なる研究へのモチベーションが上がった事は言うまでもありませんが、それ以上に言葉では言い表すことができない、震えるような大きな感慨を抱きました。7月には日本消化器免疫学会において初めての口頭発表を行ってきました。専門家の先生方の前で発表することには大きな緊張もありましたが、自分のやりたかった事が出来ている事に対する喜びは非常に大きいものがありました。この『やりたい事をやらせていただけている幸せ』をしっかり感じながら、なりたい自分像・実現させたい将来像を常にイメージして、それに向かって今からまた全力でやっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

高村武之(特進コース 医学科4年)

 (H24.3月 卒業に寄せて)早いもので大学院に進学して二年が経ちました。私は工学部のワイン研の所属ですがワインの健康効果に興味があり、ご縁があって免疫学講座で研究をさせていただけることになりました。
 最初はやりたいことが先走り、自分の知識や技術が追いつかず先輩方に大変ご迷惑をおかけしました。そんな私にいつも親身になって、ご指導して下さった中尾教授をはじめ研究室の皆様、本当に感謝しています。ありがとうございました。
 まだまだ半人前な私なので、でっかいことは言えませんが大学院の生活を通して実験の知識や技術だけではなく広い視野を持つこと、ロジカルな考え方そして相手の立場で物事を考えること(プレゼン技術、気配りの大切さなど)など社会人として必要な多くのことを学びました。これらのことを活かして、四月から新しい環境で前向きに努力します。
 私にとって、毎日が本当に充実した二年間でした。ありがとうございました。
研究室の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。

 (H22.5月)今年の5月から免疫学にお世話になっております修士1年の岡田祐依です。早いものでもう11月・・・。あっという間に半年が過ぎました。私は工学部のワイン科学研究センターに所属しているのですが、ワインの健康効果を追及したいと思いから免疫学講座で研究させてもらえることとなりました。最初はすべてが初めてで覚えることに精一杯の毎日でした。しかし最近では、以前より自分で考え行動できるようになった気がします。少し成長です。
 教授をはじめ先輩方は、優しく時に厳しく接して下さり、刺激ある充実した毎日を過ごしています。毎週のミーティングでは自分のデータや考えを端的にわかりやすく、そして的確に相手に伝えることの大切さを学びました。同時に、その難しさを痛感しています。しかし、免疫学研究室に来てから私は人前で発表することが好きになりました。それは、研究室の皆さんが温かく、真剣に向き合ってくれる・・・そんな環境があるからだと思います。また、大学院での勉強は教科書で学ぶのではなく、数多くの論文から有益な情報を得て学ぶものでもあることも知りました。このように日々成長できる、そんな素敵な免疫学教室で、卒業までにプレゼン技術・研究に磨きをかけ、さらに成長できるように頑張ります。

岡田祐依(H24.3修士修了 工学部ワイン研)

 2010年4月から中尾先生に“アジア域での流域総合水管理教育の展開”という医学部と工学部共同のプロジェクトで雇っていただいている研究員の大岡です。私達は、人間が一番はじめに口にし、その後の健康に大きく影響を及ぼすと考えられる母乳を材料とし、アジア域の途上国に住む人々の健康状態について有益な医学的情報を得たいと考え研究をおこなっています。アジア域ってどこだ?と思っていたらインドと中国の間に位置するネパールでした。ネパール人の母乳をいただくため、11月にネパールにいってきました。料理が美味しく(野菜嫌いの中尾先生も料理にいつもついてくる緑色の野菜を美味しい美味しいと食べていらっしゃいました。)、美しい宗教建築物があちこちにあり、街は人であふれかえり、道端にはたくさんの犬がごろごろと寝そべり、ヤギや水牛が散歩していたりして、日本と全く異なった環境でとても刺激的な3日間でした。さて、肝心のサンプリングですが、NGOで働く山梨大学を卒業したネパール人の方々や病院の先生方が協力的で、私達は15人のお母さんがたから母乳をいただくことができました。片言の英語を察して色々手配して下さったみなさん、本当にありがとうございました。ネパールで会った方々はみな英語が流暢で、自分が情けなかったです。中学から勉強してきたはずなのに・・・せめてこの大切なサンプルで有意義な研究をおこないたいと強く思いました。

大岡杏子(研究員)

 2013年3月より免疫学教室でお世話になりました。月並みですがあっという間の2年でした。私は1999年に大学を卒業して医師になりずっと皮膚科の臨床に従事していました。もちろんその間いくらでも研究を始められる環境はあったわけですが、目先の仕事しかみえず自分自身がその気にならなかったわけです。しかし医薬が進歩し、生物学的製剤が日常診療に当たり前のように取り入れられるにつれ、もっと病気の本質を診れる医者にならなければと強烈に思うようになりました。長男の小学校入学と同時に私も博士課程に進むことにしました。そして自らの希望でこの免疫学教室にお世話になることができました。やる気満々で教室の戸をたたいたわけですが、実験は甘いものではないということがすぐにわかりました。基本的な手技が思うようにできない、教えられたとおりやっているつもりなのにうまくいかない、先輩の結果をリピートできない、かなりへこみました。今までの人生で初めての挫折というか苦しい日々でした。何度となく中尾教授、中村講師をはじめ教室の先生方に泣きつき、なぐさめられ、アドバイスいただき、、、そんなこんなであっという間の一年でした。一年たった桜の季節には焦りと不安でいっぱいでした。そんな時期が過ぎなんとかスギ花粉症と体内時計で論文がまとまり、今乾癬と体内時計の仕事がまとまりそうな状況です。
 振り返ってみると、教室にきたおかげで世界が確実に広がり、勉強の仕方、論文の読み方、図の読み方、幅のある考え方など少し身についた気がします。当然知っていなければいけない年の私にも、(分け隔てなく)一から教えていただき大変感謝しております。当初の“本質が診れる医者”にはまだ長い道のりがありますが、その道の歩き方を学んだこの二年は私の人生においてなくて、なくてはならない二年だったと思っています。
最後に中尾教授をはじめ教室の先生方、本当にお世話になりました。免疫学教室のさらなる発展をお祈りいたします。
2015年3月  安藤典子

安藤典子(皮膚科)

 2014年3月から2015年12月まで当教室でお世話になりました。研究のことは全くの素人で、ピペット操作もままならず、実験に慣れていない最初の頃は腱鞘炎っぽくなったり、集中力がもたなかったり、実験体力のなさに挫折しそうになりました。その上、数々のネガティブデータの山を築き上げ、さらに挫折。なんか先が見えないなあ、と悶々とした時間が流れていった記憶があります。
 当教室に所属されている方々は、実験をひょいひょいとこなし、データ出しもかっこよくスマートで、そのたびに自分のふがいなさに失望していました。いつかはオレも、と思ってはいましたが、それを具現化できる力は自分にはなく、ああこのままだと思い出作りで終わってしまうなあとしばしば思っていました。研究以外で何か良いことがある度に、これで研究の方も風向きが変わるか、と見えない力に期待していましたが、やはり鳴かず飛ばずで、一向にそれっぽい結果が出ないまま徒に時間が過ぎていきました。
 いよいよ焦っていたところ、共同研究で勧めていたテーマのひとつの結果がとうとう一筋の光を目の前に照らしてくれました。その後の追加の実験等で何度か心が折れそうになりましたが、共同研究のため関係者にご迷惑はかけられないぞというプレッシャーが私を駆り立て、最後になってようやく実を結びそうな予感を感じております。
 1年9ヶ月を振り返って、あっという間でしたが、とても有意義な時間だったと思います。一人前にはほど遠いですが、少しでも研究者のものの見方に触れられたこと、また、実験、研究はうまくいかないことが多いですが、それでも腐らずに継続していけばたまに良いことがあるということを学ぶことができました。今後の臨床、人生に活かして生きたいと思っています。ありがとうございました。

五十嵐賢(耳鼻科)

 修士課程として2014年4月から2016年3月までの2年間を当研究室でお世話になりました。私は学部は同大学の生命工学科だったのですが、自分が花粉症だったこともあり、「アレルギーについて研究がしたい!」というなんとも漠然とした理由で大学院探しを行い、御縁あって当研究室で勉強させていただくこととなりました。初めの半年ほどは、中尾教授からの指示に甘えてしまい、自分で考えることがおろそかになって、研究もうまくいかずに先生方にご迷惑をかけてしまい、自分でも不甲斐ないなと思うことが多い日々でした。そんな中、中村先生からのアドバイスから実験の光明が見え、就職活動が始まるまでになんとか形にしておくぞという目標のもと、研究室で寝泊まりしながらの実験を気合と根性で乗り越え、結果として多くのポジティブデータを就活までに集めることができました。この時期が自分の研究者としての心持ちを良い方へ変えさせるきっかけとなったのだと思います。先生方、本当にありがとうございました。その後就活が始まり、アレルギー学会での口頭発表もなんとかこなし、無事に内定を頂き、研究室に復帰して卒業するまでは本当にあっという間でした。
 この2年間、辛い事もありましたが、それを超えた楽しい事もたくさんあった、自分の中でとても実りのある研究室生活を過ごすことができました。この2年の経験を活かして社会人頑張ります。楽しんでみせます!医局のみなさんに出会えたこと、可愛がって?もらえたこと、本当に感謝しています。免疫学講座のさらなる発展と、みなさんの健康をお祈りいたします。ありがとうございました。

河内 貴弘(H28.3修士修了)

 免疫に関して高校生レベルの知識しかなかった私でしたが、中尾先生のご好意で2010年4月から2011年12月まで研究員として、また、2012年1月から2016年12月まで助教として当教室で約7年間お世話になりました。この間、良い研究結果がなかなか出ない長い氷河期、出産のための2回の産休、育休を経ましたが、中尾先生や研究室の皆様があたたかく見守って下さったため、なんとか研究を続け、論文としてまとめることができました。
 これからも新しい場所で免疫の研究を続けることができそうです。中尾研で学んだ事を活かして頑張っていきたいと思います。
 中尾先生をはじめ、研究室のみなさま本当にお世話になりました。ありがとうございました。

林(大岡)杏子 (助教 H28.12退職)

 2015年4月~2017年3月までの2年間、修士課程として免疫学講座でお世話になりました。学部時代の研究内容は免疫学とは別分野のテーマでしたので、免疫学の基礎知識や実験手技などに関しては素人同然でした。入学してから2ヶ月程は知識の習得に勤しみ、その後自分のテーマに沿って研究を始めました。しかし、それからしばらく経ち、何度やっても実験データが安定せず、ついにテーマ変更を言い渡されてしまいました。そこで私は研究者としての力不足、知識不足を痛感し、自分を不甲斐なく思うこともありました。
 しかし私は諦めることができず、残りの猶予1週間の内に、研究室の先生や先輩にアドバイスを頂き、自分の力量に合った実験方法を見つけるために何度も軌道修正をかけていきました。その結果、納得のいくデータを出すことができたので、テーマ継続へと導くことができました。適確な助言をしてくださった先生方に大変感謝しております。その後就職活動が始まり、何通ものお祈りメールが届いても挫けずに粘り強く前進し続けられたのは、当研究室で上記の様な経験を積んできたからだと実感しています。
 この2年間大変なこともありましたが、それ以上に楽しいこともたくさんありました。そのためいつも「笑い声が大きい」と注意されていた私ですが、研究室の皆さんはあたたかく受け入れて下さいました(笑)4月からは社会人として新天地で新たな一歩を踏み出すので、この充実した2年間の経験を糧に頑張っていきたいです!最後に中尾教授をはじめ、研究室の皆さんには大変お世話になりました。免疫学講座のさらなる発展をお祈りしております。本当にありがとうございました。

保坂沙紀 (H29.3修士修了)

 2013年4月~2018年3月まで事務補佐員としてお世話になりました東野です。
 ラボに来た当初は全てが未知の世界。先生方の会話に飛び交う馴染みのない単語を、こっそりググってはメモを取るといった毎日でした。(JACIってビーフジャーキーじゃないの??と焦った記憶が蘇ります。。)
 しかし、ひとつの研究が論文となって世に出るまでの先生方の並々ならぬ努力や苦労を間近で見るうち、研究の価値と尊さに気付きました。こういった研究が日々世界中で何百年も前から続けられ、その積み重ねで今があるということを肌で感じることができたのは私にとって大変貴重な経験でした。また、そのような世界で奮闘する先生方や学生さんたちを心から尊敬しています。
 この5年間の自身を振り返ると、仕事なのでもちろん大変だったことや苦労したこともありましたが、何というか苦労さえも楽しく思えるような日々でした。
その理由は、免疫には辛いことがあっても共感して励ましてくださる皆さんがいて、大変なことがあっても頑張ればいつも認めて評価してくださる中尾先生がいたからだと思い至りました。このような環境を与えていただいたこと、本当に感謝しています。
 少し遠くに離れてしまいましたが、これまでと変わらず免疫学講座を陰ながら応援しております。ありがとうございました。

東野知子 (事務 H30.3退職)

 2017年4月から2019年3月まで2年間、修士課程でお世話になりました、沼野智香です。
 現在は、石鹸や化粧品を作る会社の研究開発職として勤務しています。
 2年前、山梨に来た時には、自分がそうなるとは全く想像をしていませんでした。
 私がここ、免疫学講座に入ることになったのは、中尾先生が特集を組まれ2016年秋に創刊された、実験医学 アレルギー特集を読んだことがきっかけでした。その頃の私は、もともと所属していた栄養系の学部の大学院に進学することが決まっていたものの、自分のやりたいことと違う気がしてモヤモヤとした日々を過ごしていました。「自分が小さい頃から悩んできた、食物アレルギーと栄養学を絡めた研究がしたい」と考えていたことや、「医学的な面から食物アレルギーの根本的な治療に関わる研究がしたい」との思いがあったためです。中尾先生の書かれた文章を読み、「面白い方だな。こんな素敵な先生のもとで研究をしてみたい。」と思って行動してみたところ、あれよあれよと言う間に事が進み、修士課程を山梨大学の免疫学講座でお世話になることが決まりました。
 それから2年間、楽しいことも辛いことも色々ありました。人生初の1人暮らし、慣れないことも多い中、ラボの方が気にかけて下さったことがとても嬉しかったです。ラボでは楽しいイベントがたくさんあり、それを日々の励み?にして実験、勉強していました。もちろん辛いこともありました。中尾先生が私のやりたい研究テーマで進めて良い、と言って下さったのに、なかなか実験結果が出なかったこと。最終的には修士論文を書くためにテーマを変更せざるを得なかったこと。たくさんの時間と研究費をかけたのに結果を出せなかったこと、今でも悔しくて、不甲斐ない思いでいます。
 けれど、そんな時期があったからこそ、今の自分があるとも感じます。身をもって研究の大変さを味わったからこそ、4月から働き始めた職場でも、大変な事があっても頑張っていく自信がつきました。また、そんな自分でもいつも温かく見守って下さったラボの皆さんがいると思うと、新天地でも力が湧いてきます。
  私は本当に、人に恵まれていたなと思います。多くのことを教えて下さり、また優しくして下さった皆さん、有難うございました。
  言葉だけでは感謝を伝え切ることが出来ません。なので、これから先は、自分の身をもって、今まで様々な方から受けたご恩を返していきたいと思います。
  山梨が恋しくなったら、また遊びに行かせて下さい!これからも、どうぞよろしくお願い致します
 2019年4月 (研修が終わってホッと一息中の) 沼野 智香 。

沼野智香 (H31.3修士修了)

 中尾先生には本学大学院時代からシンガポール留学を始め、特任助教までの間大変お世話になりました。私個人のことになりますが、免疫学講座で過ごさせていただいた二年半は私自身を大きく成長させてくれた貴重な期間だったと思います。中尾先生のご厚意により『クラウドファンディング』に挑戦させていただいたり、サイエンスカフェの講師を経験させていただいたり、免疫学の講義などを担当させていただいたり、分子免疫細胞学やe-learningの翻訳の一部を担当させていただいたり、神経生理学講座(喜多村教授研究室)の皆さんと共同研究をさせていただく中で脳の研究という異分野での経験をさせていただいたり、世界的に著名な先生方とお話しをさせていただいく機会を与えていただきました。これほど多くのイベントを経験させていただいたことはこれまでの人生ではなかったと思います。中尾先生や研究室の方々から教えていただいた研究への取り組み方、また新しいことに積極的に取り組む姿勢、研究と同時に人生をも充実させることの大切さを今後の仕事・私生活で活かしていきたいと思っています。
 中尾先生をはじめ免疫学講座のメンバーの皆様、本当に色々とお世話になりました。多くの方の支えの中で研究・講義など集中して取り組むことができました。本当にありがとうございました。今後の免疫学講座の発展を心からお祈りしております。

中嶋正太郎 (助教 R1.5退職)

 2019年9月から2021年12月まで特任助教として2年ほど免疫学講座でお世話になりました。着任時は研究から離れ数年ブランクがありましたが、中尾先生のお力添えもあり早々に科研費を獲得することができました。また、免疫学の講義や大学院生の指導などといった教育面も経験させていただきました。短い間でしたが、大学における研究と教育の両方に携わることができ大変貴重な経験をさせていただきました。また、免疫学講座の皆さまのご協力、ご支援のもと有意義な時間を過ごすことができ誠にありがとうございました。
 免疫学講座を離れることになりましたが、今後の研究活動にも当講座での経験を活かしていきたいと思っております。末筆ながら、今後の免疫学講座の発展を心よりお祈りしております。

村上悠二 (助教 R3.12退職)

 2020年4月から2022年3月まで修士課程の2年間お世話になりました石川緋佳里です。卒業後は富山県本社の製薬会社で一か月研修を受けたのち、早々に異動を命じられ、今は岐阜県高山市にある拠点で働いています。自分が携わった製剤が世に出回ったら連絡しようと考えていたのですが、思いのほか時間が掛かってしまい、ご連絡が遅くなってしまい申し訳ありません。(ちなみに出荷できるのは来年になりそうです…何とか形にしてみせます。)
 私は東京の4年制大学を卒業したのち別大学の院試を受け、ご縁があり中尾教授のもとにお世話になることになりました。たった修士の2年間ですが、コロナ渦での初の一人暮らしを始め、研究に没頭した日々、学会での口頭発表の経験など、とても濃ゆい時間を免疫学講座で過ごしました。社会人となった今でも、山梨での日々をたまに思い出しながら過ごしています。
 免疫学講座の皆さんの顔がまた見たくなったら、ぜひ遊びに伺わせてください。ペーパードライバーから脱却し、車の運転そこそこ出来るようになりました(自称)。岐阜から山梨まで行けると思う距離なので、今度遊びに伺います!
 最後になりますが、免疫学講座のさらなる発展を祈っております。2年間、本当にありがとうございました。

石川緋佳里 (R4.3修士修了)

山梨大学医学部免疫学講座

〒409-3898
山梨県中央市下河東1110

TEL:055-273-9542

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 “My name is Nguyen Phuc Tan, and I am from Vietnam. I participated in the PhD program at the Department of Immunology from April 2020 to March 2024.
 It has been both an honour and a stroke of luck for me to have had the opportunity to study in the department. Coming from a clinical background in Vietnam, delving into laboratory research posed a significant challenge for me. However, with the dedicated, thoughtful, and enthusiastic guidance of my teachers, Professor Nakao and Associate Professor Nakamura, I could engage in research endeavours, albeit with some difficulties. Additionally, adjusting to life away from home was challenging, but I am grateful for the caring, supportive environment provided by every faculty member. Their generosity and assistance made my time studying and living in Japan immensely rewarding.
 Having now completed my studies and returned to Vietnam, I am faced with decisions regarding my future path. Whether I choose to continue research in Immunology or return to my role as a clinician, the knowledge and experiences gained over the past four years will undoubtedly be invaluable throughout my lifetime.
 I sincerely hope to reunite with everyone in the future. I extend my best wishes to all for good health, happiness, and success. I also express my hopes for the continued growth and development of the department. Thank you all very much. Miss you!”

Nguyen Phuc Tan(R6.3博士修了)

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