研究内容
1.神経プレシナプス・アクティブゾーン形成の分子基盤
アクティブゾーンはプレシナプスの膜直下に位置する比較的電子密度の高い構造体で、 シナプス小胞のドッキングの場所として、機能的にも重要な働きをしていると考えられています。 形態学的解析から、1960年代にはその存在が明らかになっていましたが、生化学的な解析が難しく、 その構成因子と分子間相互作用は完全には明らかになっていませんでした。最近私たちは、アクティブゾーンに 特異的に局在する新規蛋白質CASTを発見しました(Ohtsuka et al.,2002. J. Cell Biol)。 CASTは他のアクティブゾーン蛋白質であるRIM1,Bassoon,Piccoloと直接結合し、アクティブゾーンにおいて 巨大な蛋白質複合体を形成していると考えられます(Takao-Rikitsu et al., 2004. J Cell Biol.; Deguchi-Tawarada et al., 2004. Genes Cells)。今後、CASTおよびそのファミリーメンバーであるELKSと、 関連蛋白質の機能解析を通じて、神経プレシナプス・アクティブゾーンの構造と機能を、分子・細胞・個体レベル で明らかにしていきたいと考えています。
2.神経終末における新たなシグナル伝達機構の解明
この10年来の研究によって、シナプス小胞を構成する蛋白質群やSNAP-SNARE系に代表される開口放出 制御因子が数多く同定されてきました。しかしながら、神経終末の成熟や神経伝達物質放出の分子メカニズムには 依然として多くの謎が残されています。私たちは、アクティブゾーンに局在する新規のリン酸化酵素SADキナーゼを 同定し、現在その機能解析を進めています(Inoue et al., 2006. Neuron)。 SADキナーゼはアクティブゾーン蛋白質 RIM1をリン酸化することで、神経伝達物質の放出を制御していると考えられます。今後、RIM1以外の基質を同定する とともに、上流のシグナル伝達機構すなわちSADキナーゼ自身の活性化機構の解明を目指します。またアクティブゾーン における脱リン酸化酵素を同定・解析することで、アクティブゾーンの構造と機能に関与するリン酸化シグナル伝達 機構の全容解明に寄与したいと考えています。
3.神経スパイン形成の細胞・分子メカニズム
ポストシナプスの特殊な構造体であるスパイン(棘突起)は、加齢やある種の神経疾患などでも、 その構造が変化することが知られています。ポストシナプスの電子密度の高い領域はPSD(postsynaptic density) と呼ばれ、各種神経伝達物質受容体やPSD-95/SAP90に代表される足場蛋白質(scaffolding proteins)が数多く 存在しています。PSDは、シナプスの種類によって(たとえば興奮性や抑制性シナプスなど)、その構成分子が 大きく違うのではないかと考えられています。中枢神経および末梢神経における多種多様なシナプスの構造を 考慮すると、まだ数多くの未知の重要な分子が残されているはずです。私たちは、古典的な生化学的手法と 質量分析法を組み合わせたり、分子生物学的手法を用いて、神経スパイン形成を制御する新規分子を同定 したいと考えています。すでに、いくつかの候補分子を得ており、解析を始めています。
4.プレシナプスとポストシナプスを繋ぐ細胞接着機構の解明
シナプス結合は、上皮細胞などの接着機構と異なり、非対称の構造にその特色があります。このシナプス 結合を制御する接着分子群としては、カドヘリンーカテニン系やニューロリギンーニューレキシン系などが 知られていますが、詳細な接着機構の制御メカニズムはよくわかっていません。私たちは、PSD/active zone 分画を高度に精製する系を確立しており、本手法を用いて、シナプス結合を制御する接着分子の同定を 目指しています。
5.情動の発現・修飾における嗅覚神経回路の役割
脳の機能は神経回路網の情報伝達によって制御されており、それはすなわち、多種多様なシナプスにおける神経細胞間の情報伝達が根底になっていると考えられます。従来、脳の機能は区分された小領域毎に特化したものと考えられ、領域内での神経回路とシナプス伝達機構が明らかにされてきました。しかし一方で、記憶や心の形成は領域を厳密に特定することが難しく、近年、領域と領域を結ぶ神経回路網が重要であることがわかってきました。 我々は、様々な神経回路網の中でも匂いと情動の関係に着目し、嗅覚神経系と扁桃体を結ぶ神経回路を形態学的に解析し、その分子基盤解明を目指します。匂いは直接的に脳に作用するといわれており、今後うつ病などの精神神経疾患に対し、匂いを使った治療法を開発できるような基礎データとして提供していきます。