教授挨拶

教授挨拶


川村 龍吉 教授

当教室のホームページにお訪ね頂きまして、ありがとうございます。本年1月1日より当教室の第4代教授となりました川村龍吉です。前教授の島田眞路先生は現在当大学学長として対外的にも活躍の場を広げられるとともに、日本皮膚科学会理事長として当教室員へのご指導も続けていただいております。
当教室のResidency Programは皮膚科学の全ての領域の知識・技術を楽しく短期間に習得できるように配慮されており、皮膚科専門医を目指すために必要な臨床経験も積めるように設計してあります。その結果、当科ではほとんどの医局員が最短で皮膚科専門医試験を受験し、その合格率も100%です。また、当科はごく最近当大学病院に新設されたアレルギーセンターおよびリウマチ・膠原病センターにも属しており、加えて腫瘍(皮膚外科)、角化症、水疱症、色素・レーザー(美容)などの専門外来を通して、多岐にわたるサブスペシャリティ領域の皮膚科医養成も行なっています。
皮膚科医として優れた臨床能力を身に着けることはもちろん最優先されますが、当教室では皮膚疾患の病態解明や治療の開発に関する研究にも取り組んでおり、これまでにHIVの初期感染機構の解明やアレルギー性疾患における樹状細胞の役割、メラノーマの新たな免疫機構の開発など多くの研究結果を世界に向けて発信してきました。研究離れが進む昨今ですが、私は教室員ひとりひとりがそれぞれのリサーチマインドを持ちながら楽しんで日々の診療に没頭できる環境を作れるよう日々努力しております。
新体制となった当教室では臨床、研究のバランスのとれた専門医をめざす志の高い諸君の入局を歓迎しています。一緒に楽しく皮膚科を学んでみませんか。

教授プロフィール

氏名

川村 龍吉(かわむら たつよし)  1964年12月25日生

略歴

1990 山梨医科大学医学部卒業
1990 山梨医科大学医学部皮膚科学教室 研修医
1992 静岡県共立蒲原総合病院皮膚科 医員
1994 山梨医科大学医学部皮膚科学教室 助手
1995 順天堂大学医学部免疫学教室(奥村康教授) 研究員
1998 NIH(米国国立衛生研究所)留学
Stephen I Katz博士、Andrew Blauvelt博士に師事
2002 山梨大学医学部皮膚科学教室 講師
2014 山梨大学医学部皮膚科学教室 准教授
2017 山梨大学医学部皮膚科学教室 教授

学位

医学博士 1998年

所属学会

1991~ 日本皮膚科学会
(Journal of Dermatology:Section Editor)
1995~ 日本免疫学会
1997~ 日本研究皮膚科学会 (評議員)
1998~ 米国研究皮膚科学会
(Journal of Investigative Dermatology:Associate Editor)
2010~ 日本皮膚悪性腫瘍学会
2011~ 日本皮膚アレルギー学会 (評議員)
日本ウイルス学会

受賞

2002 NIH Fellows Award for Research Excellence (FARE 2002)
2009 ガルデルマ賞
2010 ロート皮膚医学研究賞
2011 山梨科学アカデミー奨励賞
2012 日本皮膚科学会雑誌論文賞
2013 日本皮膚科学会皆見賞
2014 日本研究皮膚科学会賞(JSID賞)

教授就任のお祝い


島田 眞路 特別顧問

川村龍吉新教授 就任おめでとう

皮膚科学講座 特別顧問 島田眞路

 川村先生、この度は教授ご就任、誠におめでとうございます。
川村教授は山梨大学皮膚科教授としては4代目になります。初代 堀嘉昭先生1983~1987、第2代 玉置邦彦先生1988~1994、第3代が私で1995~2015、第4代が川村先生です。

 川村先生は1990年山梨大学卒業入局ですが、当時は玉置邦彦先生が教授で私が助教授をつとめていました。ハンサムでラグビー部出身のスポーツマン、酒と○に強く、成績も常に上位という鳴物入りでの入局だったと思います。その年の医局旅行での駒ヶ岳登山では、バテてしまいイメージダウンしましたが、これは後に前の晩の飲みすぎということが判明し、安心したこともあります。1991年末、私は東大に戻ったためその間3年間の消息は詳しくは知りませんが、私の後任の古江増隆(現九州大学教授)助教授とともにランゲルハンス細胞の研究にいそしみ、European Journal of Immunologyにpublishしました。(本論文は玉置教授時代の最も優れたpaperだったと思います。)

 私が1995年3月に山梨大学に教授として戻ってきたとき最も印象に残っているのは、皮膚免疫の研究をさらに発展させたいのでアドバイスして欲しいと言ってきたことです。後にも先にもこのようなことを表明したのは彼だけでした。彼には将来大きく育ってほしいとの思いから、私の尊敬する順天堂大学の奥村康教授のもとに一から免疫を学ぶべく国内留学をすすめました。国内留学中、奥村研で八木田秀雄助教授、東みゆき講師に細胞免疫の基礎をたたき込まれたものと思います。その後、縁あって私の恩師、Stephen I. Katz博士の下のNIHのAndy Blauveltのラボに留学することになり、4年間HIVとLangerhans細胞について研究に打ち込むことになりました。数々の優れた論文を次々と発表、これが彼のライフワークとなりました。

 帰国後もその成果をもとに小川陽一先生、青木類先生、松澤高光先生らと研究をすすめ、Journal of Immunology, Blood, Cell Host and Microbeなど一流誌に論文を発表、自他ともに認める日本を代表する皮膚免疫学の専門家になりました。川村先生は日本の皮膚科関係の賞を総ナメされています。Journal of Clinical Investigationに掲載された亜鉛欠乏性皮膚炎の論文で、日本皮膚科学会皆見賞(best paper of the year)、センチネルバイオプシーの論文で日本皮膚科学雑誌論文賞、ガルデルマ賞、ロート賞、そして最後に最も難しいとされていた日本研究皮膚科学会賞です。これは5年間の研究実績が評価される賞で、実は私が日本研究皮膚科学会初代学術委員長として創設に携わった賞です。山梨大学は研究者の数が少なく、共著論文が少ないため本賞の受賞は難しいものと考えていましたが、川村先生が受賞してわが事のように喜んだのを今も覚えています。

 私が教授に就任したときの目標は研究、臨床で日本トップの教室を目指すこと、特に重視したのは「人を育てる」ことです。私の教室からも川村先生、柴垣直孝先生、塚本克彦先生、原田和俊先生、猪爪隆史先生など数々の優秀で研究能力が高い立派な皮膚科医が育ってきたことを誇りに思っています。また、2003年にテキサス大学から松江弘之先生が助教授として赴任されました。松江先生は皮膚免疫の世界的な研究者で彼が研究チームに加わってくれたことで教室はさらに大きく発展しました。2006年には千葉大学に教授としてご栄転となりました。松江、柴垣、川村と三本の矢ができたこの期間は、特に研究の発展において最も充実した時期でした。川村先生はこの時期の最高の研究環境下で着実に成長し、現在を築くことになったのだと思います。

 私も大学の役職としては、2009年から病院長、2015年から学長と多忙を極める中、研究の面では川村先生や柴垣直孝准教授のリーダーシップのおかげで教室が順調に発展してきたものと感謝しています。特に2008年のIID(国際研究皮膚科学会)が大成功に至ったのは医局員全員が一致団結したチームワークのおかげだと思っています。その後、教室員の皆様に支えられ、2009年日本皮膚科学会東部支部学術大会、2011年日本皮膚アレルギー接触皮膚科学会、2013年日本皮膚悪性腫瘍学会とそれぞれ大会長も無事に務め上げ成功裡に終えることが出来ました。参加された多くの先生方からも山梨大学のチームワークのよさやホスピタリティの素晴らしさを褒めていただき、嬉しく思ったものです。山梨大学皮膚科教室は、診療、教育でも専門医試験合格率100%の実績を誇っています。臨床のみを目指す医局員も回診、外来でのクリニカルカンファ、CPC、各種勉強会、カンファレンス、山梨地方会をはじめとする学会で診断、治療をはじめとする高い診察能力を身につけてきたものと思います。

 川村先生には診療、研究、教育すべての面で益々教室を発展させてくれることを心から祈っています。