医学部長 小泉 修一 |
新型コロナウィルス感染症拡大により、世の中が大きく変わってしまいました。このような時代に医学部に入学した皆さん、在学中の皆さんは、これまでとは大きく異なるニューノーマルに対して多くのストレスと不安を抱えながら学生生活を送っていると思います。一方で皆さんは、これまでの日常では気づかなかったこと、例えば自然の驚異、医学や科学の非力さ、さらに医学の大切さ等々に、気づくことが出来ました。病に苦しむ目の前の患者さんを直接救うことを目的に入学してきた方がほとんどと思います。しかし、今皆さんは、新型コロナウィルスの実態を明らかにすること、今後も現れるであろう未知のウィルス・細菌に備えること、さらに原因がよく解らない疾患の病態解明・治療法を開発すること、の重要性も強く感じているのではないでしょうか。それらを実現するのが「研究」です。山梨大学医学部には、学部生のうちから研究に参加できる「ライフサイエンスコース」という歴史あるプログラムがあります。
研究と聞いてもぴんと来ない方も多いと思いますが、iPS細胞を発見した山中伸弥先生、イベルメクチン発見により何億人もの人を救った大村智先生、免疫チェックポインと阻害因子発見によりガン免疫療法を開発した本庶佑先生等のノーベル賞受賞者、さらにペスト菌を発見した北里柴三郎先生、黄熱病を見つけた野口英世先生等々を思い出していただくと、少し想像できるかと思います。彼らによって、これまでの医学が大きく変わりました。私はそんな大それたことは・・・と思うかもしれません。発見の大小は関係ありません。そのときはわからなくても、後生になって、大発見だった・大発見の基礎になる成果だった、と解る例は沢山あります。さらに言うと、医学はこれまでの大小併せた研究成果の積み重ねであり、上述したノーベル賞研究者の研究成果も、先人による沢山の研究成果に支えられているのです。このような、壮大な医学研究の歴史に参加できることも、研究の醍醐味かもしれません。
さて「ライフサイエンスコース」ですが、先ずは気になる研究室をいくつか「訪問」し、またそこで一定期間「研究体験」してください。いくつかの研究室を体験した後、しばらく腰を落ち着けて研究を行う「所属研究室」を決めて、本格的な研究を始めて下さい。主に1年生向けに説明会を開きましたが、それ以外の学年の方の参加も歓迎しています。今回の新型コロナ禍で改めて解ったと思いますが、実は未知の病原体は沢山あるし、疾患の原因、さらに身体の仕組みも、解らないことだらけなのです。研究することは無限にあります。新型コロナが切っ掛けになった、という理由も大いに結構です。是非山梨大学で「ライフサイエンスコース」に参加して、研究に触れ、研究の醍醐味を味わっていただければと思います。皆さんは、いつもと違う状況で医学部に入学・在籍することになりました。そんな皆さんだからこそ、いつもだったらやらなかったかもしれないけれどライフサイエンスコースに参加して、新しい未来を開拓する作業に一緒に取り組んでいただければと思います。学部時代に研究をすることは、医学研究のニューノーマルになるかもしれません。
参加希望、不明点等は、いつでも気軽に問い合わせてください。
ライフサイエンスコース運営委員長 喜多村 和郎 |
今年度から委員長をつとめることになりました。これからもライフサイエンスコースが益々充実、発展するようお手伝いできればと思っていますので、よろしくお願いします。
さて、みなさんが医学部を志した動機は何でしょうか?医師として病気で困っている人を助けたい、治療法のない病気を治す方法を開発したい、人や社会の役に立つ人間になりたいなど、夢や想いをもって入学してきた人もいるでしょうし、明確な思いはなくても、面白そうだ、やりがいがありそうだという理由で選んだ人もいると思います。一人ひとりの思いは様々でも、人に興味がある、人のことを知りたいという所は、共通しているのではないでしょうか。みなさんがこれから学ぶあるいは既に学んでいる医学は、解剖学や生理学といった基礎医学、内科学や外科学を始めとする臨床医学、人々の健康のために医学を応用する社会医学など、多様な学問の集合ですが、共通するのは「人体の生命科学である」という点であり、何世紀にもわたる長い研究の歴史の上に成り立っています。人は研究する対象として純粋に面白いですし、体を構成する分子や細胞の構造や機能とそこで起こる様々な反応の理解なくして、病気の診断や治療を行うことはできません。将来、臨床医になるにしても、これまでの医学研究を深く理解して未解決の問題を克服する力や、未知の領域を開拓していく力は必要になります。
ライフサイエンスコースは、「研究に興味を持つ学生を対象とした研究医養成システムです。」と、ホームページ等には書いてあります。「研究」というと、何か難しい高尚なことをやっているように思えるかもしれません。興味がないわけではないけど、まだ医学の勉強も途中なのに研究なんかできるわけないし、やっても意味ないと思っている人もいるかもしれません。でも安心して下さい。はじめは誰もが初心者ですし、同じような興味をもった先輩や同僚はたくさんいます。ライフサイエンスコースは、そのような学生が実際に研究室で活動したり、集まって議論したり、時には同じ釜の飯を食って酒を酌み交わすことで交流を深めたり、他大学の志を同じくする学生と知り合ったり、という機会を提供しサポートするシステムです。
授業や実習を受けているだけでは、飽き足らないそこの君!ライフサイエンスコースは、そんなあなたを待っています。少しでも興味があれば、一度、研究室を訪問して先輩や教員の話を聞いてみて下さい。そこには、想像と違った世界が待っているかもしれません。
研究をしていると必ず「発見」があります。そのようなときは、どんな小さな発見でも心が踊ります。みなさんとそんな「発見」を共有できることを楽しみにしています。一緒にズキズキ、ワクワクしませんか?
医学部医学科4年生 遠藤 岳
「ガクチカ」という言葉をご存知ですか?これは医学用語などではなく、単に「学生時代に力を入れたこと」の略です。医療分野では聞き慣れませんが、一般企業の就職活動においては、自己紹介の一部と言っていいくらいテンプレートかつ重要な質問です。皆さんが「ガクチカ」を面接において問われる機会はないかもしれませんが、「学生時代、何に力を入れるか」というのはたしかに重要な問いに思えます。そして僕自身は、ライフサイエンスコースにおける研究活動が、学生時代において力を入れる価値のある活動だと考えていますし、皆さんにも選択肢の一つに入れてほしいと思っています。
学生代表をさせていただいていますが、 実のところ僕自身は研究医志望ではありません。では、なぜ研究活動に取り組んでいるのかといえば、「楽しくてタメになる」からです。実際、研究活動は非日常の連続です。特に、研究を始めたての頃は、ピペット操作一つにもワクワク感があります。また、自らがもった疑問に対して仮説や計画を考え、世界で誰1人分かっていないことを明らかにしていく楽しみは、何にも代え難いものです。
そもそも、どの分野の医師であっても研究は避けて通れません。なぜなら、医療は日々ものすごい速度で進歩し続けているからです。例えば、がんに関連した論文は2023年だけで26万本以上投稿されています。これらの進歩に追いつくためには研究をフォローし続けなければならないのです。もちろん知識だけが医師の武器ではないですが、20年前の治療法しか知らない医師は少なくとも名医ではないでしょう。
また、研究という究極の頭脳労働の経験は、皆さんの成長に繋がるはずです。どんな医者になろうと、もしくは医者以外の職に就こうと、皆さんは「頭をどう使うか」という点で他者と差別化をし、お金を稼いでいくことと思います。今すでに分かっている事実から、新しい仮説を考えて実験し、出てきたデータからまた次の計画を練る。この研究のサイクルは、「頭をどう使うか」という実地訓練に他なりません。
臨床に免許は必要ですが、研究に免許は要りません。研究に求められるのは好奇心と柔らかい頭脳であり、これらは皆さんが既に持っているものかと思います。皆さんがライフサイエンスコースの門を叩くことを心待ちにしています。
木下 真直(2012年度卒業)
人生の使い方
何人とも今日一日の時間は平等である。どの時代に、どの国に、どの家に生まれるか、そもそもどの生物に産まれるか、世の中いろんな “ガチャ” という不平等に溢れているが、時間だけは平等である。一度きりの人生を、どのように使うべきなのだろうか。
私の叔父・叔母は、理学部の大学教官で、人生を研究に捧げていた。子供のころの私は、“お金にならない研究” になぜ人生の貴重な時間を費やすのか、と叔父・叔母の生き方を奇異に感じていた。理学部よりも医学部の方が実利的な人生を送れる、と考えたのもあり、医学部に進学した。
私が山梨大に入学した年は「ライフサイエンスコース」が新設されたばかりであった。大学入学早々、私はこのプログラムに興味をもち、特に薬理学講座に惹かれ、志願した。薬理学の小泉教授は、サイエンスに強い情熱をもっており、深夜遅くまで仕事をし、教授室内に寝袋で寝泊まりするほど人生の全てを研究に注いでいた。医学生の当時の私は、その背中に憧れを抱き、またサイエンスの面白さに取り憑かれ、“実利的な” 仕事に就くという当初の短絡的な志向を改め、サイエンスに身を投じてみたいと思うようになった。
卒後も研究を続けたいとの思いから、基礎医学と臨床医学の距離が近く、また島田前教授が率いるサイエンスへの造詣が深い皮膚科に専攻を決めた。小泉教授の背中を見てきたので、寝袋や小型炊飯器を医局に持ち込み、臨床の合間と深夜・休日を費やし、研究に邁進した。医局の中では浮いた存在だっただろうが、それを寛容に受け入れ、支援してくれた川村教授、小川講師に感謝している。
31歳の時、世界中がコロナで混乱していたが、米国留学をする機会を頂いた。ただ、単身・感染流行・渡航制限がある中での留学は不安でいっぱいであった。当時は米国でもロックダウンなどの規制が厳しく、生身の交流が皆無だった。患者さんや同僚との交流があった日本での職場環境と打って変わり、留学したものの、在宅で過ごす時間が長く、強い孤独と寂しさを感じた。家族がいれば心の支えになってくれたのだろうか。私はこれまでの人生で、プライベートや家庭を構築することを蔑ろにしたことを悔いた。
人生を俯瞰的に捉え、その時々の優先事項を考え、研究者としての人生設計をすることは重要だろう。
話は変わるが、「医師の働き方改革」のもと、医師の労働時間が厳密に管理される。仕事の効率化は重要であり、大賛成である。ただ、臨床医が研究活動を行うことを「自己研鑽」として軽視される懸念がある。サイエンスは趣味としての側面もあるため、自己研鑽で異議はないが、科学者が評価される環境がないと日本のサイエンスがますます衰退していくと危惧する。
今日が人生で一番若い日である。残された人生が短いほど、夢を実現できる可能性が減る。学生さんには、早くからサイエンスに触れられるこのプログラムを利用し、有意義な人生となることを願っています。
曽根 良太(2021年度卒業)
医学部入学またはライフサイエンスコースを検討している皆さん。
山梨大学医学部大学院総合医科学センターの曽根良太と申します。私は発生生物学川原研究室に所属し、脊椎動物であるゼブラフィッシュを基盤としたゲノム編集、疾患モデル生物作製・病態解析、遺伝子解析の技術開発を行っています。
私は誰も知らない現象を自分の手で解明していきたいという探求心が強く、その思いを叶えることができる「研究」という活動に興味があり、ライフサイエンスコースを介して研究室へと所属しました。初めは指導教官から基本的な技術や作法を教わり、馴染みのない研究テーマの背景知識のinputに勤しむなど少し大変な時期もありました。しかし、ある程度要領を掴めるようになると自分から積極的に研究の立案を行い、実験に必要な資料を集め、自分で仮説を立てて検証をすることが癖になり、自然とその一連の作業に楽しさを感じていました。この過程は研究だけでなく実際、臨床に出て役立っていることを日々実感しています。
例えば、臨床の現場で患者に必要な検査や治療方針を説明する際、その必要性を理解してもらう点が指導教官へ自分の立案した研究計画やその根拠を提示する行為と似ていて、研究活動が活きる場面となっています。
ライフサイエンスコースは早期から研究に従事できる貴重なプログラムです。研究に興味あるなしに関わらず、私は「自分の知らない世界を知りたい」など知的探求心を高めたい、もしくはそれを自分の手で突き詰めたい、そして臨床医としての必要な素養を身に付けたい方、是非ともライフサイエンスコースに所属し研究に邁進することをお勧めいたします。間違いなく良い経験になります。
川村 元秀(2022年度卒業)
私は2017年に山梨大学に入学して、1年次から6年次まで放射線医学講座でMRIの研究をしておりました。
みなさんは基礎医学とチュートリアル(臨床医学)で医学の全分野を「広く浅く」学ぶことになると思います。これに対し、ライフサイエンスコースでは「狭く深く」一つのテーマを究めていきます。私は6年間通して深層学習を利用したMRIの高速化というたった一つのテーマに取り組む中で、時には放射線科に進んである程度しないと触れないような内容を勉強することもありました。もしかしたら、みなさんの中にはそんな高度なこと自分に理解できるのかと不安に思われる方がいるかもしれません。でも心配は不要です。上の先生がちゃんとサポートしてくれるはずです。私は研究でたくさんの先生にお世話になりましたが、ここで一人だけ例をあげると、MRIと深層学習について玉田大輝先生(現University of Wisconsin-Madison)から多大なるご指導を賜りました。玉田先生はMRIの研究で博士号を取得し、企業でMRIの研究開発にも従事したことのあるスペシャリストです。なかなか成書がなく勉強しづらいMRIのテクニカルな面について専門家から直接教えてもらえたのはとても貴重な経験でした。一緒に試験勉強をする同期とか部活の先輩とかとは違った人との出会いがあることもライフサイエンスコースならではの魅力です。
「広く浅く」学ぶ基礎医学・チュートリアルと「狭く深く」究めるライフサイエンスコース。これらは、DNA二本鎖が相補性によって安定性を獲得するように、みなさんの学生生活の学びを確固たるものとしてくれるはずです。
佐藤 卓哉(2022年度卒業)
山梨大学研修医1年目の佐藤卓哉と申します。私は医学科2年次から川村先生、小川先生、木下先生の指導の下に皮膚科学講座で研究を始めました。現在、臨床研修を行いながら、学生時代の研究を続けています。6年間を通して筆頭著者の論文を発表できましたが、決して私の研究生活は順調ではありませんでした。研究開始当初、実験室のメンバーは全員10歳以上年長で、学位を取得しており、全く研究ミーティングにはついていけませんでした。実験のデータも最初の1年は全く出ずに、肩身の狭い状況が続きました。元々実験で手を動かすのは得意な方ではなく失敗ばかりでしたが、先生方に言われた通りに目の前の実験を一生懸命繰り返しました。同時に研究に少しでも意欲的に取り組めればと思い、自分のテーマの周辺に絞って論文読解を徹底的に行い、先生方と議論できるように努力しました。そうはいっても、実験はなかなか上達せず、論文も簡単には読めるようにはならないので、実験を始めてから1年はとても退屈でした。でも、この退屈な期間に実験の基本操作・研究者としての基本的な考え方を身に着けることが大事で、あきらめずに続けたことで、なんとか学部の間に成果を出せたと思っております。医学部に入学して、何に打ち込むかについては多様な考え方があって良いと思います。私は実験に打ち込んだ6年間でしたが、とても実りの多いものでした。どういう形であれ皆様が素晴らしい医学部生活を過ごされることをお祈り申し上げます。
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