MMP-12

MMP-12(マクロファージエラスターゼ)

(MMP)は、細胞外基質を分解する酵素であり、現在までに24種類が報告されています。私たちはその中で、MMP-12に注目しました。MMP-12はマクロファージエラスターゼと呼ばれ、主にマクロファージから分泌され、エラスチン(靱帯、肺、動脈などに多く存在)をはじめとする様々な細胞外基質を分解しています。マクロファージは、組織に炎症が起こる際、病変部に集合するという特徴があるため、マクロファージから分泌されるMMP-12は、各種炎症性疾患と深い関わりがあると考えられています。そこで私たちは、このMMP-12がマクロファージにおいてより多く発現するウサギモデルを作製し、MMP-12と炎症性疾患との因果関係を明らかにしたいと考えました。特に注目した炎症性疾患として、関節炎、肺気腫、動脈瘤、そして動脈硬化があります。


MMP-12と慢性炎症性疾患

マクロファージの浸潤を伴う肉芽腫を誘導し、MMP-12が多く発現しているウサギで肉芽腫に変化があるかどうか観察しました。すると、MMP-12トランスジェニック(Tg)ウサギでは、肉芽腫のサイズが大きく、マクロファージがより多く集まっていることがわかりました。また、Tgウサギの肉芽腫内のマクロファージはMMP-12をより多く発現していることも確認しました。これによって、MMP-12がマクロファージの遊走、浸潤を促進して慢性炎症性疾患を悪化させる作用を持つことを明らかにしました。(Transgenic Res 13:261-9, 2004)

MMP-12と関節炎

リウマチ関節炎は、その原因も不明で、治療法もこれといったものがほとんどない非常に厄介な関節炎です。様々なMMPとリウマチ関節炎との関係が明らかにされつつありますが、直接には関節軟骨を破壊できないMMP-12との関係はこれまで詳細な検討がされていませんでした。しかしながら、私たちはMMP-12の炎症に関わるその多様な働きに注目していたため、リウマチ関節炎とMMP-12との間には何らかの関係性があるのではと考えました。そこで、筑波大学臨床医学系整形外科の落合教授のご協力のもと、リウマチ関節炎と骨関節炎の患者さん計47人の、人工関節置換術の際に摘出された滑膜と滑液を使用して、それぞれの組織のMMP-12の発現量を比較しました。すると、リウマチ関節炎の患者さんから採取された滑膜および滑液において、より多くのMMP-12が発現していることがmRNAレベルおよび蛋白レベルで明らかになりました。またそのことが、マクロファージの病変部への浸潤にも関与していることがわかりました(Arthritis & Reumatism 50:3112-7, 2004)。なおこの実験は筑波大学倫理委員会の承認を得て行われました。しかしながら、MMP-12がリウマチ関節炎の症状を直接的に悪化させるのか、それともリウマチ関節炎になった結果としてMMP-12が高くなっただけなのか、という因果関係は明らかではありませんでした。そこで、MMP-12を過剰発現するTgウサギを用いて関節炎の進行とMMP-12との直接的な関係性を検討したところ、MMP-12のTgウサギのほうが、より関節炎の症状が悪化することが明らかになりました。この新しい発見は、リウマチ関節炎の治療標的としてMMP-12が有効である可能性を示す重要な結果であり、この分野の専門家による論説文付きで米国病理学雑誌に掲載されました(Am J Pathol 165:1375-83, 2004)

MMP-12と肺気腫

慢性炎症性疾患のひとつとして、肺気腫とMMP-12との関連性にも注目しました。肺気腫とは、細気管支や肺胞が拡張して破壊される病気です。肺胞の破壊には様々な蛋白分解酵素が関わっているという報告がありますが、詳細は未だ不明であり、MMP-12の関与については全く分かっていません。そこで、トランスジェニックウサギを用いて、肺気腫を発症させ、MMP-12の肺気腫への関与を明らかにする実験を行いました。現在も実験は進行中です。

MMP-12と動脈硬化、動脈瘤

動脈硬化は近年、慢性炎症性疾患として考えられており、マクロファージの浸潤が病変の形成に大変重要であることが明らかにされています。そのため、マクロファージが出すMMP-12が動脈硬化病変の進行に関わっている可能性が十分に考えられます。そこで、トランスジェニックウサギに動脈硬化を起こさせて、病変形成へのMMP-12の関与を調べました。その結果、動脈硬化の進展、特に複合病変の形成においてMMP-12が重要であること、また、動脈のエラスチンの破壊による病的な血管のリモデリングにも大きく関与していることを明らかにしました。この結果はCirculation誌にacceptされました。また、MMP-12の動脈に対するさらなる作用として、腹部大動脈瘤の形成との関連性についても検討中です。