皆さんは研究というとどのようなことを思い浮かべるでしょうか?
失敗ばかりでなかなか先に進まない。1日中研究室に篭っている。夜遅くまで実験している・・・。
そういうことを思い浮かべる人がいるかと思いますが、私の場合はだいたいそんなイメージ通りの研究生活を送っています。
では、なぜそんな苦行のようなことをしているのかというと、研究者ごとにそれぞれの動機があると思いますが、私の場合は何か自分にしかできないことをしてみたいと思っているからです。そのための職業として研究者になってみたいと思ったのは、高校生のときに参加したサイエンススクールでの体験がきっかけでした。それは当事住んでいた千葉県で主催されたもので、千葉県内の各研究所に中高生が行き、研究の現場を体験するというものでした。私の場合は千葉県がんセンターに行き、そこでは自分の血液からDNAを抽出するという実験を行いました。真っ赤な血液を遠心分離機で物質の密度ごとに分離し、細胞を溶かし、タンパク質を変性させて取り除くといった生化学的な実験手法を行い、最後にエタノールの中にDNAが現れるのをみたときに、今まで意識していなかった自分を含めた生物の体というものが分子の集合体であるということを自身の身体を通して体験し、生き物の体を研究する生命科学の分野に興味をもつようになりました。
このことをきっかけに研究者という職業に具体的なイメージを持つようになり、研究の道に進むことも考えて千葉大学理学部生物学科へと進学しました。大学で生物学を学びながら自分は何を研究したいかということを考えていたときに、今考えている自分の心や精神という物質として存在しないものが身体という物質の集合体の中に存在するのはどういうことなんだろう?という疑問がわいて来ました。そこで、この疑問を解決するには神経のことを研究すればいいのではないかと思い、千葉大学の田村教授のもとで神経細胞の中で遺伝子の発現を制御する転写因子の研究から研究者としてのキャリアをスタートしました。千葉大では学部と大学院の修士を過ごし、DNA上に保存された遺伝子という情報が実際に身体の中で機能するための重要なステップである転写の研究を通して、生化学の基本的な技術を学びました。
その後、神経そのものについてより深く知りたいと思い、博士課程では電気生理学という細胞に流れる電気的な活動を記録する実験を主に行っている東京大学の真鍋教授の研究室に行くことにしました。東大では神経細胞間の情報伝達の場であるシナプスに発現する神経伝達物質の受容体を研究していました。脳の中の神経細胞は実は色々な変化が常に起きています。例えば細胞自体が増えたり減ったりしますし、場所も移動したりします。また、シナプスも大きくなったり小さくなったり、無くなったり新しく出来たりしています。私の研究はそうした分子の変化を生化学的手法によって定量化したり、電気生理学的手法によって神経細胞の電気的活動の変化を測定したりしました。そして私の研究の結果、神経細胞が神経伝達をするときによく使われるAMPA受容体のシナプスへの輸送が、赤ちゃんの脳内ではAMPA受容体とは別のNMDA受容体によって抑制されていることが分かりました。この抑制は母親の胎内では眠りにつくようにおとなしくしている赤ちゃんが、生まれたとたん自ら考え、動く自立した自我を持つようになる過程にも深く関わっている可能性があり、大変興味深い研究でした。
その後2015年より山梨大学医学部生化学講座第一教室の大塚教授のもとで、今度はシナプスの情報の送り手側の機能の解析を行っています。この送り手側では神経の線維を伝って電流がやってくると、わずか数ミリ秒の間にグルタミン酸などの伝達物質を放出します。この放出に関わる分子はいくつか見つかっていますが、それらがどのように動いて伝達物質を放出するのかは、今の科学技術をもってしても不明な点がたくさんあります。また、神経伝達の制御というのは心の病気である精神疾患とも繋がりがあり、例えばドーパミンという伝達物質は統合失調症では過剰に放出され、パーキンソン病では逆にほとんど放出されなくなっているのが病気の原因なのではないかと考えられています。そのくらい神経伝達機構は我々の心のしくみを知る上でとても重要なメカニズムです。
世の中で分かっていないことを明らかにする。また、何かを明らかにすることによってさらなる謎を見つけ出す。そうしたことは研究者でないと味わえない醍醐味だと思います。そうしたわくわくするような瞬間が訪れる日が来ることを信じ、日々研究室に夜まで篭って失敗しながらも頑張っていきたいと思います。
現在お世話になっている生化学第1講座の皆様の写真です。一番左前にいるのが私で、その隣にいるのが大塚教授です。皆さんバックグラウンドが異なるので、それぞれの長所を活かしながら研究に励んでいます。