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「みる」ことの楽しさ

大野 伸彦

解剖学講座分子組織学教室 准教授 (2015年4月)

2016年3月退職 現:自然科学研究機構生理学研究所 特任准教授

いつの頃から研究者になることに興味があったのか、記憶が定かではありませんが、医学部に入学した頃だったかと思います。在学中に出入りした研究室のお世話になった先生方から、研究の世界で生きていくのであれば、早い段階で研究の道に足を踏み入れる方が良い、やるなら中途半端な形ではなく、集中して研究した方が良い、また形態学的な素養は早めに身に着けた方が良い、などとお話を聞いていました。鈍感な私は気付きませんでしたが、遠回しの勧誘だったのでしょうか?いずれにしても、こうした学生時代の刷り込みが功を奏して(?)、初期研修の修了時、学部学生の頃に出入りしていた山梨大学医学部第一解剖学教室(現解剖分子組織学教室)の門を叩きました。研修医時代はボランティア当直をやったり、寸暇を惜しんで文献を読み漁ったりして臨床に全力投球しましたが、大学院に入ってからは一転、連日連夜ひたすら研究に没頭しました。何百枚も顕微鏡試料を作って観察したのに論文にできなかったこともあり、力不足で色々と遠回りをして周りにご迷惑をおかけしたりもしましたが、月日は流れて早12年、気が付けば後進の指導に追われる毎日になりました。
これまでの研究では、体の組織や細胞のかたち、あるいはシグナルの変化を、顕微鏡を使って「みる」ことに注力してきたと思います。大学院時代は「生体内凍結技法」という生きたままの動物の組織を、まるでスナップショットを撮るように瞬間的に凍らせるという技術を使って、「生きている動物の細胞や組織はどんなかたちをしているのだろう?」という、簡単なようで実はいまだに解明が難しい問題に取り組んでいました。そして、例えば血行動態の異常は肝臓の形態に大きな変化を引き起こすこと、脳には細胞の移動や神経細胞同士のシグナル伝達に影響する豊富な細胞外のスペースが見られることなどを報告しました。米国留学を契機に神経疾患に焦点を絞り、分子生物学を応用して生きたままの細胞を観察することで、「かたち」だけでなく「動き」を考えることの重要性も学びました。また非常に微細で複雑な生体の構造を立体的に観察するための最先端の電子顕微鏡技術を習得して、研究の幅を広げることができました。特に観察対象として注目したミトコンドリアは、生きた細胞の中を絶えず動き回り、その形を変え、環境に応じて細胞が生き抜く上での変化に適応しています。こうした細胞小器官のダイナミックな時間的・空間的変化の疾病における役割について詳細に調べ、報告することができたのは非常に幸運でした。また、米国多発性硬化症協会より奨学金を頂けたため、計4年強という長期間にわたって米国に滞在することができ、国際学会や共同研究を通して様々な研究者と交流する機会を得ました。日本に帰国してからは、米国で進めていた髄鞘疾患のメカニズムの解明と治療の開発に関わる研究を継続し、また習得してきた顕微鏡技術を普及させるため、様々な共同研究を行っています。
今後はどのような形で研究を進めていくのか、実はまだ自問自答の日々です。成果がどのような形であれ、後世の医学・生物学の発展の一助になれば本望ではないかと思いますし、これまで多くの先生方や仲間に支えられて仕事を進めてくることができましたので、自分の持つ技術が周囲の役に立てば、とも思います。とはいえ、「人間万事塞翁が馬」とは言いますが、5年後・10年後にどうなるのかわかりません。夢は夢として、明日からも実験室でマウスと培養細胞を相手に、研究を楽しみたいと思います。そして実際に自分の目で「みる」楽しさを、一人でも多くの方と共有したいと願っています。

留学中、米国ボルチモアの学会で同僚達と。現在も交流が続く色々なバックグラウンドの仲間たちとの出会いは、大きな財産です。


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