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こころ躍る

繁冨 英治

薬理学講座 助教 (2015年7月)

 ”We keep moving forward, opening new doors, and doing new things, because we’re curious and curiosity keeps leading us down new paths.”
― Walt Disney

 “The important thing is not to stop questioning. Curiosity has its own reason for existing.”
― Albert Einstein

 

個性を生み出す脳の仕組みは何かという漠然とした興味から、脳研究に足を踏み入れました。当然ながらその答えはまだ得ていませんが、研究生活に足を踏み入れたことで貴重な人生経験を得たことに間違いはありません。
 神経細胞は電気的シグナルを利用して高速の情報処理を行っています。その電気活動をパッチクランプ法で記録することが人生初の実験でした。東京慈恵会医科大学の加藤総夫教授に電気生理学の手ほどきを受け、イオンチャネルという分子の挙動がシナプス伝達にどう影響し、決定付けるのかという課題に取り組みました。一見無味乾燥に見えるトレースから、ミクロの世界で何が起きているかを想像して議論することは、好奇心をくすぐり楽しい経験でした。また、この経験を通じて科学的思考法の根幹を教授していただきました。実験は最初から苦労の連続でした。最初は記録が取れても、それは神経細胞ではなく、グリア細胞でした。全く電気的な活動が見られずつまらない細胞に見えました。
 しかし、丁度その頃、グリア細胞は活動のない、つまらない細胞ではなく、実は非常にダイナミックに活動して脳機能に関わっている可能性が提唱されつつありました。山梨大学薬理学講座小泉修一教授(当時、国立医薬品食品衛生研究所・研究員)は、その新しい概念を示すデータを次々と報告されており、当時大学院生であった私の憧憬の的でした。細胞内のカルシウムイオン濃度変化を画像化するカルシウムイメージング法により、グリア細胞はカルシウムイオンを変化させて活動することが示されました。神経細胞一辺倒であった脳研究をがらりと変える革新的な仮説が提唱されました。
 それから数年後に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のBaljit S. Khakh教授のもとに留学する機会を得て、グリア細胞の一種、アストロサイトの研究を始めました。煌めく星の様に無数の突起を放射状に伸ばす形態の細胞です。アストロサイトのカルシウム動態を詳細に測るという単純なテーマに取り組みました。その中でカルシウム感受性タンパク質を用いたイメージング法の有用性を示し、またアストロサイトのカルシウムシグナルの多様性の一端を明らかにすることができました。新しいカルシウムセンサーを作成して試すことによって、新しい生理現象を見つけるという貴重な体験を得ることが出来ました。今まで見たことがない現象を捉えた時の感動は忘れられません。まさにこころ躍る瞬間でした。しかし、面白い現象は捉えられていそうなのに、それを解釈する為の実験結果がなかなか得られず、苦労しました。そのような状況下にKhakh教授は”Take it easy”と気落ち着かせてくださったり、”Just curious to see what would happen”と言いながら様々なアイデアを出して議論したりしたことを非常に有難く感じました。
 2012年から小泉教授が率いる本学薬理学講座の助教として働く機会を頂いて、引き続きアストロサイトの研究を続けることができております。アストロサイトのカルシウムシグナルの研究は20年以上もの歴史がありますが、いまだアストロサイトのカルシウムシグナルはどんな生物学的な意義を持つのかという究極的な問いに対してはっきりとした答えはありません。時空間的に多様性のあるカルシウムシグナルはそれぞれが異なる情報をコードする可能性が指摘されていますが、その実体は殆どわかっておりません。新しい手法かつ新しい観点を取り入れて行くことがこの問題を解決する上で必須と思います。情報技術のような技術革新が以前は想像も出来なかった豊かな生活をもたらしたように、新しい実験方法・考えは、新しい発見をもたらす可能性を秘めています。そして、新しい発見は新しい疑問を生みます。例えば、緑色蛍光タンパク質の発見と応用は、これまで決して見ることが出来なかったタンパク質や細胞の挙動を明らかにしてきています。そのような発見をすることは簡単ではありませんが、少しでも関わることが出来たらと願います。
 日々の実験はうまく行かない方が多いです。しかし、その中で得られた確からしい現象に真摯に向きあって、何故起こるのだろう?どうやって起こるのだろう?という疑問を常に抱きながら研究に精進したいと思います。そうして得られた成果が脳機能あるいは脳疾患を理解する上で少しでも助けになって社会に貢献できたならば、それ以上に研究者冥利に尽きることはありません。次の「こころ躍る」瞬間を待ち焦がれながら実験を続けていきたいと思います。

留学先でラボメンバーと。2010年夏の一枚。左端が筆者。その隣がKhakh博士。


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