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For Awesome Research Life

篠﨑 陽一

薬理学講座 講師 (2015年4月)

 薬理学講座の篠﨑陽一です。私は1999年、広島大学総合科学部を卒業後、同大学院修士過程で分析化学、特に植物に含まれる抗腫瘍活性物質の精製・構造活性相関の研究を行いました。修士課程修了後、とある化粧品会社の開発部門に就職しましたが、基礎研究をしたいと考えて退職しました。その後、国立医薬品食品衛生研究所薬理部の井上和秀先生(現九州大学薬学部教授・副学長)のもと、某研究プロジェクトの実験補助員をしながら九州大学薬学研究院博士課程に入学しました。博士課程はゼロから神経薬理学を学びつつ、グリア細胞におけるP2受容体の細胞保護機能に関する研究を行い2005年に学位を頂きました。その後、NTT物性科学基礎研究所(NTT BRL)にて博士研究員として英国オックスフォード大学生物物理学科John F. Ryan教授との共同研究プロジェクト「原子間力顕微鏡を用いた受容体複合体のダイナミクス観察」に博士研究員(その後社員)として参画し、P2X4受容体チャネルの1分子レベルでの構造ダイナミクスの可視化に成功しました。その後、山梨大学医学部薬理学講座に赴任された小泉修一教授よりグリア細胞の研究をするチャンスを頂きまして現在に至っています。

 私の研究者としての特徴は良くも悪くも「heterogeneity」、つまり研究バックグラウンドの不均一性または多様性だろうと思います。修士課程までに学んだ分析化学・有機化学、博士課程で学んだ薬理学、生化学、NTT BRLで取り組んだ生物物理学など、異なる学術領域で研究に取り組んだ経験は現在の研究にも生かされいます(少なくともそう思っています)。研究分野が変わると、そこで使われる共通言語、共通認識や研究対象物に対する視点の違いにとても驚かされますが、同時に、色々な面白い事に出会います。このような学術的な「ギャップ」というのは、逆に見るとチャンスでもあると思っています。なぜなら、自分が新しく参入した研究領域で「常識」とされている内容に対して、その「常識」にとらわれない新しい視点から仮説を立てる事ができるからです。そのような異なる角度からものを見る姿勢が研究者の独創性に最も重要な要素の一つであると思います。ですから、既存の情報に惑わされずに自分が「おもしろい」と思うことと、新しい実験データを見た時の「驚き」「直感」を大事にしつつ、大胆な仮説を立てて、難しいけれども極めて根本的な問題に取り組んでいきたいと考えています。

 現在は、主にグリア細胞及びP2受容体の中枢神経系における病態時の役割、特に神経保護機能に着目して研究を行っています。これに加えて学内の共同研究として、「グリア細胞及びプリン受容体の緑内障発症に関わるメカニズムの解明」や「グリア機能を解析するための新規ナノイメージング法の開発」などを手がけています。新しい研究プロジェクトはいい結果が得られるまで非常に困難が多いですが、経験した事のない現象が見えたり、大きなインパクトにつながる実験結果が得られた時の喜びは何事にも代えがたいものがあります。緑内障関連のプロジェクトにおいて得られた研究成果は、特進コースに所属する田口備教君が第2回サイエンス・インカレで発表を行い、「独立法人科学技術振興機構理事長賞」を受賞しました。今後も若い学生さんと一緒に面白い研究を行って、1人でも多くの基礎医学研究を担う人材の育成に貢献できればと思っています。

 さて、最近 TED x Trontroで放映されたNeil Pasrichaのプレゼンテーション「The 3 A’s of Awesome」(サイコーな人生を送るための3つの秘けつ)が、研究者としての素養や生き方を考える上でとてもいいポイントを示していたので自戒を込めて紹介します。
彼が挙げる3つの「コツ」は以下のとおりです。

・Attitude: 態度。姿勢。(物事に対する)考え方。
 人生は様々な苦難が伴います。しかし、その後の人生を良くするか、悪くするかは本人の態度によって分かれます。つまり、苦難が訪れた場合に気持ちを切り替えて新たな人生を歩む姿勢を持つ事が大事です。
・Awareness: 意識。自覚。認知。
 小さい子は見るもの、体験するもの全てが人生で初めてのものばかりです。彼らにとって周囲のもの全てが驚きと発見に満ちあふれています。大人になるにつれてそのような感覚は薄れていってしまいます。自分にいる「小さな子ども」を目覚めさせることが人生を新鮮な刺激で満ち溢れたものにさせてくれます。
・Authenticity: 真偽。自然度。
 実際のエピソードは割愛しますが、「内なる欲求に正直であること」です。社会的立場や周囲の人からの評価など、人生における意思決定には様々な要因が影響します。しかし、最も重要なことは「本当に自分が何をしたいのか」という自身の意思に対して正直である事です。

 この3つのAを「The 3 A’s of Awesome Researcher Life」として見てみると、
・Attitude: 研究に対する姿勢。態度。
 例えば、ある実験をして予想される結果と異なる時。単にダメだった、という事だけでなく、何故うまくいかないのか原因を探る態度。失敗だと思ったことが実は真実を見ている場合もありますし、実際に失敗していてもその原因を正確に究明する姿勢は研究者として最も重要な素養の一つですし、研究者人生を豊かにするものです。
・Awareness: 新鮮な気持ちでデータを見る意識。
 ある程度経験を積むと論文情報から推定される結果などを推定できるようになります。これは重要なことではありますが、初めて実験をした時、新しい研究テーマで研究をスタートした時、新しい実験手技・装置を使った時の驚き・喜び・楽しさを常に忘れないようにしたいものです。このような態度を持ち続ける事がserendipity (予期せぬ発見をもたらす才能)、ひいては世紀の大発見につながるのだろうと思います。
・Authenticity: 本当は何の研究がやりたいか?
 研究者としてのパワーの源はやっている研究がおもしろいかどうか。これに尽きると思います。研究者の人生を実りあるものにするためには自分が本当に何に興味があるか、何を知りたいか、何を治したいか、を自身に問いかけ続けることが大事ではないでしょうか。一方で、教授から「この研究をやってみたら」というきっかけでハマってしまって一生やり続けることもあるかもしれません。どのような形でも自分の興味に合致するものを見つけ出す意識があればいい研究をすることは可能だと思います。

 教訓めいた事を書いてしまいましたが、これらを実行するのは難しいと感じています。現在も様々な先生にご教授頂きながらなんとか研究を続ける事ができています。人生・実験の苦難に負けず、「3 A」を胸に実りある研究者人生を歩んで行きたいと思います。

2014年欧州神経科学会(ミラノ・イタリア)にて。Tufts大学(米), Leicester大学(英)の研究者と学会後に歓談。著者手前右端。


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