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生き物の美しさとは? ~変化と成長~

岩野 智彦

解剖学講座細胞生物学教室 助教 (2016年7月)

みなさんは、どんなものを見た時に美しいと感じるでしょうか?
花?壮大な地平線?広大な海と空?水面の波紋?綺麗なモデルさん?
人それぞれ美しさを感じる所は違うと思いますが、私は生き物の中にある多くの美しさに魅せられ、これまで研究を続けてきました。さまざまな研究を通して、個体、器官、細胞、細胞内小器官、核内DNAを観察し、それらが作られて維持される機構について調べてきました。

どんな学問分野で研究しているか
端的に学問で言うと、組織や細胞を観察してその定型を知り体の地図を作ることは「解剖学」、どのようにして脳や神経細胞が出来るのかを調べる「神経発生学」、さらにそれがどのようなタンパク質などの分子の挙動によって細胞が機能を持つのかを調べる「分子細胞生物学」。そのような分野を背景に私は研究を進めています。

研究者としての原点
小学校の卒業文集には「研究家になる」と書いてありました。何を目指していたのか全く覚えていないのですが、物事の真理を追究したいという気持ちがあったように思います。
今の研究につながる原点を思い起こすと、大学で分子生物学を詳しく勉強する様になった頃から、「自らのことをもっと知りたい」という動機が生まれたように思います。「自分のことを知る」というのは、精神面でよく言われることですが、生き物としてどのような構造なのか、身体の中の細胞や分子がどのように動いているのか、どのように変わっていくのか、など自分の一番近いところにありながら見えないものを見たい知りたいという欲求が原点にあるのかなと思います。ちょうどクローン羊「ドリー」の誕生が大ニュースになっていた頃で、分子生物学・遺伝子工学の隆盛と重なったことも一因と思います。
博士取得後、理化学研究所CDBで約7年間研究員として過ごしました。世界最先端の発生研究に関わるなかで、いろいろな生き物、その細胞や中の構造を観察すると、美しいものを発見し、それがどのように作られ機能に結びつくのかという疑問を持ち、それを明らかにしたいとより強く思うようになりました。

今やっている研究にある美しさ
さて、現在私は「繊毛」という細胞内構造に関して研究しています。それは光学顕微鏡や電子顕微鏡で微細観察をすると大変美しい構造をしています。私たちの体のほとんどの細胞が持っている繊毛が、どのようにして作られるのか、又、繊毛がどのような役割を担っているのかについて調べています。繊毛には大きく2種類「一次繊毛」という一本アンテナの様に細胞に生えているものと、「多重繊毛」もしくは「運動繊毛」という複数の毛がそろって運動をするものがあります。どちらの繊毛もその美しさが失われることは、その機能の低下を意味し、病気や個体発生の異常につながってしまいます。つまり、美しさを維持することは、(私たちの外見のみならず)細胞や組織の機能にとって重要なことなのです。

美は一日にしてならず?
「一次繊毛」はアンテナの様な働きで、一次繊毛を通して成長因子のようなタンパク質やカルシウムなどのイオンなどを受け取ると細胞の中へ信号が伝えられ、細胞の挙動が変化します。そのような繊毛がどのようにして生えるのかということは、培養した細胞を使った研究により大まかには分かってきていますが、生体のなかでどうなっているかはまだ分かっていないことが多いです。特に、個体の発生過程・成熟過程において、細胞も状態を刻々と変化させながら最終的な形や機能を持つ様に成熟しますが、その間にも一次繊毛が生えたり縮んだりまた伸びたりします。何故そのようなことが起こるのか、どのような意味を持つのか、そんな疑問を私はネズミの脳神経細胞を使って明らかにしようとしています。

その回転は美しいか?
「運動繊毛」は自ずから動くことができ、ブラシの様な毛がそろって回転運動をすることで細胞表面の液体に流動をもたらしています。そのような繊毛を持つ組織は、気管や卵管などにあります。卵管は卵巣から排出される卵子を子宮へ運ぶ経路としての役割を持ち、その内側を卵管上皮細胞が裏打ちしています。卵管上皮細胞には運動繊毛をもつ繊毛上皮細胞があり、運動繊毛の生み出す流れに乗って卵子が卵巣から子宮へうまく運ばれます。その美しい運動が乱れると、卵子がうまく運ばれなかったり子宮内の環境変化を引き起こします。そこで私は、その運動を活性化したり繊毛細胞の発生を誘導する因子の探索を始めています。この研究の結果が、将来に不妊症や妊娠効率の改善に役立つことを期待しています。

私たちと細胞の生き様
生き物の病気や機能の異常は、組織や細胞がもつ美しい構造の破錠から起こると言っても過言ではないでしょう。生き物の美しい組織構造がどのような分子メカニズムで構築されるのかという研究は、病気などでその構造が崩れるときに何がおかしくなったのかを理解するのに役立ちます。
脳は神経細胞とグリア細胞で主に構築されて美しい構造をしています。その脳の発生を知るために、EGFPという蛍光遺伝子を導入して神経細胞を可視化して追跡しますと、神経幹細胞から生まれ、分化し、成熟していく過程で、ダイナミックにその形や遺伝子発現を変化させていることが分かります。個々の細胞を見ていると、まるで人が生まれて大人になり老いていく様とおなじように感じます。細胞の受容器の一つである一次繊毛が一時的に短くなるのを見ると、子供が周りの話を聞かずワガママに成長する思春期を想像して、今この細胞も周囲の影響をシャットアウトしてワガママに変化しているのだろうか?などと考えたりしています。

成長のための変化
実際のところ、私たちも細胞もスタンドアローンで成熟していくわけでなく、周囲とネットワークを作り影響を受けながら変化していきます。細胞がどのように周りの環境に影響を受けて成熟していくのかを明らかにしていくとともに、自分も独りよがりにならず多くの周りの人達に影響を与えられ、また逆に与えるようになり、さらに研究者として成長していきたいと思っています。

 

2015年4月に山梨大へ赴任しました。その歓迎会の時の細胞生物学教室の集合写真で、下段右から3番目が私です。研究者それぞれが、繊毛という共通項で、体の様々な組織での働きを調べています。

 


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