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精神の解明を夢見て

石黒 浩毅

精神神経医学・臨床倫理学講座 講師(2018年12月)

 私が国家試験の勉強をしている学部6年生の時、母校の精神医学講座のお二人の先生が統合失調症の発症に関わる疾患感受性遺伝子を世界で初めてLancet誌に報告しました。学生の私にはまだ漠然としか見えていなかった精神病、そしてこころというものが遺伝子で作られているのであればそれを解明したいと夢をみて精神医学の研究に進みました。そんな私でしたので、入局後の大学精神科病棟での患者会にて、入院患者さんから1年目研修医への質問コーナーがあり、「なんで精神科医になったの?」という質問に対し「脳活動を遺伝子で説明できるようにしたい」と答えて周囲をフリーズさせた思い出があります。もちろん今の私が全く同じように答えることはありませんが、精神疾患の脳病態を分子レベルで解明することが精神医学の根本的課題であること、病態解明に基づいて治療方法を開発することが必要であるという信念をもって研究を続けています。研究というと朝から晩まで実験室にこもって試薬を混ぜている印象を持たれる方も多いと思いますが、私は病気を知るには患者を診ることが大切であるという信念を持っており、精神科専門医および臨床遺伝専門医として臨床活動を行っています。2つの専門医としての両視点から精神科疾患を考えることにより、精神疾患に対する研究の問題点と方向性が見えてきました。

 

 統合失調症や気分障害、依存症などの精神疾患には家族性があることから、易罹患性に関わる遺伝子の存在は疑いようがありません。もちろん、単一遺伝子が発病させるメンデル遺伝病ではなく、精神疾患とは影響力の小さい複数の遺伝子と環境ストレスとが重なり発病に至る多因子疾患です。少々ラフな表現をすると、遺伝子によって脆弱性を持つ脳神経系機能において環境要因がその失調を引き起こすメカニズム、例えばストレス影響下におけるサイトカインなどの神経免疫が病態脳の形成に重要な役割を果たすメカニズムなどが疾患脳を形成します。

 

 私の研究は大学院生時代、アメリカ留学時代と大学基礎研究室時代、そして現在の臨床教室時代を経て方向性を見据えてきました。大学院生時代には統合失調症や依存症などの疾患感受性遺伝子について疾患感受性遺伝子と考えられる遺伝子を複数同定しましたが、各遺伝子多型の疾患への影響力は小さいため、疾患関連遺伝子群を解明するためと片端からシーケンス解読と遺伝子変異探索を行って、それらの関連解析を行いました。そして、アメリカの国立衛生研究所NIHの薬物依存研究所NIDAの分子生物学部門では遺伝子改変マウスを用いたモデル動物解析やヒト死後脳解析を組み合わせることでゲノム知見について分子機能と行動表現型との関連を検証することを自分の研究方法に加えました。この留学時代の最大の発見は薬物依存に神経接着因子NRCAM遺伝子が関わることを同定したことです。NRCAMは薬物影響下にて神経ネットワークのリモデリングに働くことで依存の病態脳を形成します。つまり後から考えれば当然に思えることなのですが、薬物依存に限らず精神疾患においては後天的な要因の負荷により神経ネットワーク機能の変化を来すことで病態脳が形成されるという事実に気づき、現在の研究思考の基盤を作ることができました。また、もう一つの研究成果は精神疾患におけるカナビノイドシステムの役割を発見したことであり、カナビノイドシステムは神経免疫に働いて精神行動の変化をもたらすことが分かりました。この知見から遺伝子・環境要因の2軸で説明されてきた多因子疾患が、実は時間軸を加えた3軸モデルで説明すべきであるという着想を得て、現在の研究ではストレス脆弱年齢や好発年齢といった精神疾患の臨床特徴を基礎医学から解明することを試みています。時間軸の解析のためにはエンドステージである死後脳試料と病態形成オンゴーイングであるモデル動物脳やiPS細胞組織とを比較解析していくのですが、その研究成果は診断や治療方法に寄与するとともに、予防医学の発展にも貢献すると考えています。

基礎医学研究に興味のない方には精神科の臨床研究のユニークさのご紹介をさせてください。精神疾患患者の治癒回復とは症状の軽快についてのみならず、社会に適応できることです。つまり仕事や運転技能などの社会機能評価がとても大切なのです。その評価をするための方法として、工学系大学講座との新しいデバイス開発を進めています。

 

 最近の精神医学における基礎研究においては、原因と結果の区別されていない研究があまりに多いことに憂慮しています。精神疾患は先天性疾患ではなく進行性疾患です。この点に配慮しないと、検証している現症(被検時現在の病状)が病状進行による後遺症的結果であるのか、発病時における脳の変化(つまり原因に近い現象)であるのかを混同してしまうことになります。わかりやすい例を挙げれば、失明は糖尿病の症状ではあっても原因ではありません。画像検査は現症の形態と生理学的動態を可視化するものであり非侵襲的に脳を解析する有用な方法です。しかし私見ですが、画像研究においてリアルタイムな変化と進行後の変化とを混在させてしまうことが研究間での再現性の低さを招いている可能性があります。

 

 研究において大切なことは、研究試料の準備と多角的な検証です。エフェクトサイズの小さい疾患感受性遺伝子の探索には多検体が必要であり、サンプル収集が難しい死後脳研究にはバンクとの共同研究を行い、さらにモデル動物やiPS細胞の解析となると個人の研究ではなく多施設共同研究の中で時には企画・統括、時には分担研究者として解析の任を担うこととなります。つまり基礎研究においては臨床業務と同様に、様々な専門性を持った研究者とのチームワークが必要ということです。私個人の自覚はもちろん、指導者としては若い医師および学生が脳科学に興味を持ち、真の病態解明を目指して表面的な現象に目を囚われずに検証可能な研究を理解でき、チームの中で協調が図れる人材育成に努めていきたいと考えています。余談になりますが、留学時には動物アレルギーのため宇宙服のような全身防護服を着てまで動物実験をしているフランス人留学生と知り合いになりました。依存行動の分子メカニズムを明らかにしたいと共通の目的を持った彼らとの研究生活は何より充実した毎日であり、皆さんにも研究の楽しさを知っていただきたいと思います。研究は決して孤独ばかりではありません。

 

 基礎研究成果を学術誌などで発表していると、海外での研究発表のお誘いが増えてきました。ハゲタカ学術誌や学術集会が問題化しているこのご時世ですので、それらにはほとんど応じていません。しかし伝統あるアカデミックサイトや学術集会などにて評価されたり表彰されたりすることは大変嬉しく思い、研究の励みとしてきました。様々な国から共同研究の依頼や質問も来ていますが、それと比較すると国内の学術集会や研究財団からの関心の薄さを非常に残念に思っています。日々放送される健康番組などマスコミにて派手に取り上げられるネタ作りではなく、「精神疾患の病態を解明し、病気を治す治療方法を開発する」という精神医学の根幹に沿って地味であってもこつこつと研究を進めていくことが大切と信じています。私と志を共にする学生や研究者たちと共に精神医学研究を益々盛んにしていきたいと思います。

 

18th WPA WORLD CONGRESS OF PSYCHIATRYにてシンポジウム主催をした際のシンポジストメンバー


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