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基礎から臨床へのfeed back

大場 哲郎

整形外科学講座 助教 (2016年1月)

 突然ですが、「腰痛」は皆さんにとって比較的身近な言葉ではないでしょうか?ご自身に経験はなくてもご両親・ご家族が腰を痛がっているところを一度は見たことがある方が多いのではないでしょうか?2013 年厚生労働省国民生活基礎調査によると、腰痛の有訴率は男性1 位(9.2%)、女性2 位(11.8%)であり、通院者率は4 位(4.2%)に上ります。実際に、整形外科の日常診療の中でも腰痛患者さんを診る機会は非常に多いです。
では、腰痛のメカニズムはどの程度解明されているのでしょうか?

 外傷や重量物の持ち上げなど、明らかな受傷メカニズムがある患者さん、あるいは画像診断で明らかに痛みの原因がわかる患者さん、でもそればかりではありません。身体所見や画像からある程度の推測はできるものの、診断がすっきりしないケースが多々あります。腰痛が慢性化した患者さんになると、さらに状況は難しくなります。一般的に腰痛が3か月以上遷延したものを慢性腰痛と呼びますが、2001年のNew England Journal of Medicine誌に(個人的に)衝撃的な報告があります。なんと、慢性腰痛の85%は原因がはっきりと特定できないというのです(Deyo and Weinstein N Engl J Med 2001)。大学院時代に、この論文を読んだ時の衝撃はいまだに覚えています。自分のこれまでの外来はなんだったのか?腰痛を訴える患者さんへの対応は 感染や腫瘍、内科的疾患などの重大な疾患さえ除外したら、ある程度はすることが可能だと思います。言い方は悪いですが、たとえ85%が未解明でも、「それなり」なら対応することもできてしまうわけです。「基礎研究」に出会わなければ、私もこのままそれなりに過ごしてしまったかもしれないとも思います。
 私の研究歴を少し紹介します。2003年に整形外科に入局し、4年間は関連病院を転々として先輩方に臨床の基本を教えていただきました。その後2007年から1年半の間、大学院生として免疫学教室の中尾教授にお世話になりました。研究テーマは当時整形外科の講師であった、波呂教授が長年継続されてきた腰椎椎間板の変性メカニズムを分子生物学的に解明する、というものでした。学生時代は、追・追試験でなんとかクリアした免疫学でしたが、、、。大学院生時代の研究はとても楽しかったです。それまでの自分はなんと軽率に「背骨の軟骨が老化してですね・・」と患者さんに説明していた事か、ちゃんと調べてみると軟骨変性メカニズムの奥深さ、多くの部分が未解明であることがわかります。また、それまで無関係だと思っていた整形外科疾患と免疫学は非常に深く関与していました。椎間板の変性には、炎症反応、免疫担当細胞の浸潤、さらなる炎症反応の惹起、血管の新生、といった免疫学メカニズムの相互連鎖が深く関与していることを学びました。
 2012年からは、アメリカ、テネシー州のナッシュビルにある、バンダービルト大学(Vanderbilt University)へ留学する機会をいただきました。ここでは、凝固系の異常バランスが、脊椎の変性にあたえる影響について研究しました。それまで凝固系について深く勉強したこともなく、不安なスタートでしたが大学院時代に培った免疫学の知識や、椎間板・軟骨のbiologyの知識を活用・応用しながら新しい知見を探求していくのはとても楽しい事でした。それまで私は、喫煙者や、糖尿病患者さんに腰痛が多いことを漠然と当たりまえだと思ってしまっていましたが、実はそのメカニズムはまだまだ未解明であることを知りました。これらの患者さんは血液凝固後に残ったフィブリンを融解する能力が低いこと、そしてフィブリンが残存・沈着することが骨・軟骨に炎症を惹起して変性を誘導している可能性があることを学びました。PhDが留学先のボスと私の二人だけという、比較的小さなラボでしたが、そのぶん気さくに意見を交換しながら研究を進めることができました。研究テーマ以外にも多くを得た留学でしたが、やや話がそれますので割愛します(写真を載せます)。
 まとめになりますが、私が腰痛の基礎研究を通して学べた事は多くありますが、中でも特に大切だと思っていることです。基礎、臨床を問わず、どこまでが既知の事実であるのかを突き詰めて知ろうとすることが研究のスタート地点であり、とても大切なプロセスであると思います。教科書には載っていない事実を探している時に、実はその分野は未解明なことだらけなのだと気付かされ、それがさらなる研究のモチベーションへと繋がります。今後、腰痛メカニズムの未解明である85%をどこまで減らせるかも大切な目標ですが、私にとっての基礎研究の一番の魅力は「現代医学の未成熟さを知る」逆を言えば「未来の発展への大きな可能性」を知ることができる点だと思っています。
 今日まであたりまえのように患者さんに説明していたこと・・本当に真実ですか?心配になったら、基礎研究も良いかもしれません。

留学先のラボにて、ある日のミーティング。一番右が著者。


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