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研究がもたらすもの

増山 敬祐

耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 (2013年11月)

 私は、1979年に熊本大学医学部を卒業し、熊本大学の耳鼻咽喉科に入局いたしました。耳鼻咽喉科に進んだのは父が耳鼻咽喉科の開業医であったからでもあり、将来は開業するものと漠然と考えていました。最終的に教育者あるいは研究者の道を選択させた理由は、私の恩師である故石川 哮熊本大学名誉教授との出会いでありましょう。石川先生は私が医学部卒業する前年の秋に熊本大学に教授として就任されました。とても笑顔の素敵な優しい感じの背の高い紳士でした。スマートな都会的センスに田舎者の私は惹かれました。石川先生は千葉大学から熊本大学へ赴任されましたが、ニューヨーク州立大学で3年間アレルギーの研究をなさっていました。当時、なぜ耳鼻科医が免疫アレルギー学をやるのかとボスのArbesman教授に質問されたようです。それに対し、石川先生は「上気道、口腔、咽頭は異物侵入門戸で免疫学的に重要な器官組織であり、しかも研究的にはまだ手をつけられていないものが沢山ある。」「慢性炎症巣の多い領域である。」「免疫アレルギー学を通じて全身から耳、鼻、のどを見直すのだ。」と答えていたそうです。今では、免疫アレルギー学抜きには多くの疾患を語れなくなっているといっても過言ではありません。実は石川先生をその道に進ませた彼の恩師こそ、本当に素晴らしい先見の明があったのではないでしょうか。
 そんな教授のもとに一期生として耳鼻咽喉科に入局しました。私と同期は3人。3人とも教授から大学院に進学することを強く勧められました。何も考えていなかった私ですので言われるがままに大学院に進むことを決めました。多少研究に興味があったのは事実です。しかし、大学院では先輩が色々指導してくれるのだろうと思ったのが大間違いでした。テーマは教授から漠然?としたものをいただいただけ。あとは、論文を読み自分で考えて実験計画を立て、実際に手を動かしてデータを出し解析する。その結果をまとめて、学会発表あるいは論文投稿する。中々うまくいかず基礎に行かせてくれるように頼みましたが、だめでした。それならと密かに基礎の先生の教室に通い指導を受けることにしました。現在では基礎的な研究を臨床の片手間にやることはまず無理でしょう。やはり基礎の教室で実験のイロハをきちんと学ぶことがとても大切だと思います。しかしながら、大学院でのちょっとした試練は、私の臨床にとってとても役に立っていると実感しています。臨床でわからない事は参考論文を調べまた先輩に尋ねる。大抵の臨床的疑問は過去に解決されているものです。そうして次第に知識が積み重なり経験が活かされてくる。それでも分からない事ってあることに気づく。それは、意外と皆わかっていない事であったりするものです。そこから新たな臨床研究がスタートします。私の場合は基礎でのトレーニングが臨床研究への足がかりになった気がします。
 次に、海外留学は、己を学問的にまた人間的にもステップアップさせるための一つの方法であると思います。留学しようと思ったのも基礎研究を行った成果と言えるかもしれません。ところで、海外生活は、言葉のみならず生活習慣も異なりいわば厳しい環境で仕事をやることになりますが、海外留学の意義は大いに感じます。つまり、これはさらに己を磨くための試練といっても過言ではありません。広い視野を持ち世界の人々と交流を深め、さらに人間的に逞しくなるいいチャンスであると思います。私は、幸いにも英国のロンドンにある心肺研究所に留学する事ができました。ここのボスは、ECF-Aという歴史的に有名な好酸球遊走因子を発見したBarry Kayという大御所でした。大学院の私のテーマは好酸球機能の研究でしたので、少しだけ関連がありました。行ってみるとSteve Durhamという私と同じくらいの歳の先生がいて、花粉症の研究に誘われました。鼻粘膜で発現するサイトカインのメッセージをin situ hybridizationで検討するというものでした。鼻の仕事ができるとは思っておりませんでしたのでSteveと意気投合しそのプロジェクトをやる事にしました。明けても暮れてもRIプローブを用いた単調な実験の繰り返しでしたが、免疫染色との二重染色法を用いてサイトカインの発現細胞の検討を鼻ではじめて検出することに成功しました。ここでは、多くの先生やスタッフとの出会いの素晴らしさを経験しました。また、臨床研究のやり方を目の当たりにし、まさに目から鱗でした。論文も書かせていただきましたが、それ以上の成果が得られたことにとても感謝しています。
 多くの人は自分の設計した人生をまっすぐ歩むのかもしれません。しかしながら、何が起こるか全く予測がつかないのも人生、とも感じています。研究も含め、最初思っていたのとは異なる方向に進んでいくことも多々あるのではないでしょうか。そういった時、研究活動や留学経験により培われた智慧が備わっておれば、焦ることなく目の前の問題をじっくり解決していくことが可能になると思います。臨床においては間違いや分からないこともたくさんあります。基礎研究や留学で身につけた深い智慧は、それらを洞察する見識を育くみ、次なる研究の課題に向けて突き進むエネルギーを与えてくれるものだと信じています。そして、大いなる夢の実現に向かって己の力を最大限に発揮して、患者さんのために良い仕事ができれば最高だと思います。
 人との出会いを大切にし感謝の心を忘れずに精進すれば道は自ずと開ける。応援しています。ともにがんばりましょう。

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