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眼科画像診断の魅力とリレーショナルデータベース管理

飯島 裕幸

眼科学講座 (2013年10月)

 眼科学は眼球という小さな臓器を扱う臨床科ですが,角膜,水晶体,ぶどう膜,網膜,緑内障,神経眼科,小児眼科,眼瞼眼窩涙道など,多彩なサブスペシャリティに分かれます。そのうち網膜は最もメジャーな分野で,全国80の大学医学部の眼科主任教授のほぼ半数は網膜を専門にしています。眼科専門分野としての網膜は,さらに網膜剝離や増殖糖尿病網膜症など網膜硝子体手術が中心のサージカルレチナsurgical retinaと,内科的な診断治療が専門のメディカルレチナmedical retinaに分けるのが一般的で,私の専門は後者です。
 メディカルレチナ分野の臨床研究対象のひとつに画像診断があります。現在では網膜の断面像を,生体眼で画像化する光干渉断層計OCT: optical coherence tomographyが,眼科画像診断学の最大のトピックですが,30数年前に眼科医として私がメディカルレチナに惹かれた最大の理由は,眼底の血管造影法であるフルオレセイン蛍光眼底造影写真の美しさに魅せられたからです。私が眼科医になった1978年はフルオレセイン蛍光眼底造影検査が本邦の眼科臨床に導入されて10数年目の頃でした。眼科以外の医療分野での造影検査は,X線不透過性造影剤を使用して,血管や胆道,尿路などを画像化するものです。眼科ではX線画像ではなく,蛍光色素を静注して造影される網膜などの血管像を,眼底カメラで捉えます。眼底カメラに蛍光の励起光のみを通過させるフィルタを挿入することで,蛍光物質を含む部位のみをフィルムに感光させます。その結果,生体組織の毛細血管レベルの微小血管像が記録できます。脳外科領域での頸動脈撮影では,内頚動脈から分岐した眼動脈がかろうじて造影されるのみですが,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,眼動脈の枝である網膜中心動脈から枝分かれした眼底の細動脈,さらにその末梢の毛細血管の網目状構造が,芸術的な美しさで記録できます。糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などの網膜微小循環障害では,網膜毛細血管の閉塞や拡張,透過性亢進などの所見が捉えられます。現在に比べると検査機器の使い勝手がそれほどよくなかった当時は,ピントのあった高品質の造影写真を撮影すること自体が診断医の実力であり,その所見を正しく判断して診断治療方針に結びつけることは,メディカルレチナ専門家の実力でした。その実力は患者さんのためにもなりますが,臨床データとして収集して,そこから病態にせまる臨床研究にもつながりました。網膜血管の観察だけでなく,眼底の暗幕に相当する網膜色素上皮層の萎縮などの評価も可能で,網膜血管病以外に,網膜色素変性など網膜ジストロフィや加齢黄斑変性の診断や臨床研究にも利用されました。現在では造影剤を使用しない眼底自発蛍光撮影法がトピックで,網膜色素上皮や視細胞疾患の診断,臨床研究の新しいツールになりつつあります。
 画像診断では観察力が重要になり,そのことは眼科に限らず,臨床医学一般にも通用します。臨床診断は一種の謎解きですが,推理の根拠となる各種検査結果を正確に判断する能力や,画像の意味するところを正しく理解する能力の差で,医師の実力に差がでます。眼科研修開始後まもない研修医は,眼底がみえるようになっただけで感動しますが,眼科医としての修業はそこからが長い道のりです。眼底がみえるかどうかではなく,眼底に何をみつけるかで,眼科医の実力は決まってきます。殺人事件の被害者の姿勢の不自然さから,犯行場所や犯行時刻の矛盾を指摘する名探偵のように,眼底の血管走行や沈着物の配列などの特徴から,ベテラン眼科医は潜んでいる病態を診断します。
 臨床研究においても,観察力の差によって研究成果の意義が異なってきます.よい臨床研究を行うためには,多くの患者さんに接して,自分で疑問をもちながら検査データを集める必要があります。さらに臨床データをいつでも使えるように整理しておくことで,隠れていた普遍性のある医学の真実がみえてきます。臨床研究を行う多くの医師は,エクセルのようなスプレッドシートでデータ管理をしていますが,個々の患者さんの経時的変化のデータを扱うには,アクセスのようなリレーショナルデータべースで整理する必要があります。今から30年も前のパーソナルコンピュータが普及していない時代,私自身は興味の対象となった疾患の患者のサマリーカルテを,手作りの表で整理して臨床データとして管理していました。マイクロソプトオフィスACCESS2000が利用できるようになって,メインフォームとサブフォームから成るリレーショナルデータベースソフトにて研究対象臨床データを管理するようになると,そのメンテナンスには非常に多くの時間を費やすものの,多くの貴重な解析結果が得られるようになりました。臨床研究の成功のためには統計ソフトの知識は必須ですが,その材料となるデータ管理に精通することも同様に重要です。臨床データベースの管理は,実験室研究を行う研究者の実験ノート同様,重要なアイテムです。
 そのようなデータから,網膜色素変性患者の静的自動視野の平均偏差MDが,経過年数とともに直線的に低下していくことを明らかにしました。網膜色素変性は未だに根本的な治療法のない疾患で,徐々に進行性で,中途失明する危険性のある疾患です。個々の患者さんの進行速度を明らかにできれば,寿命との関連で失明の恐怖から解放できる患者さんも少なくありません。10年以上にわたって,網膜色素変性の患者さんの視野検査を,毎年行ってきて,現在では個々の患者さんが10年以内に失明するのか,30年先までみえているのか,という視機能予後を予測できるようになりました。一般的には失明するとされている網膜色素変性であっても,軽症例では中心視野が高齢まで残り失明することはありません。長年通院して検査を行ってきた網膜色素変性患者さんに,「あなたの眼は100歳まで生きても,失明することはありませんよ。」と説明できた際,涙を流して喜んでくれたことは忘れられません.臨床研究の成果を患者さんのために生かすことができたひとつの例です。

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