私は「寄らば大樹の陰」は嫌いです。高校ではクラスメートの半分が東大に進学しましたが、私も東大(理I)は合格しましたが皆が東大に行くのであればあえて東京医科歯科大学に進学しました。専門を決める時も同じ内科の大部分の研修医が教授の専門である腎臓内科を選んだのに対して私は少数派の消化器内科を選びました。東京医科歯科大学の元学長、鈴木章夫先生は「東京医科歯科大学が立派になるにはどうするべきか?」と問われて、「まずあなたが立派になることだ」と答えました。山梨大学医学部の学生や若手医師の皆さんも、既存の力のある大きな組織の末端に属することで自己満足するのではなく自分の力で道を切り開いていってほしいと思いますし、その手伝いをしたいと願っています。「鶏口となるも牛後となるなかれ」です。山梨大学医学部には皆さんが道を切り開く可能性に満ちていると思います。以下の文章はその一例を示したものです。(これはH23年4月に山梨県医師会報に載せたものです。)
すでに御承知のとおり、このH23年度の研修医マッチングでは研修医数が山梨県は全国の都道府県で最低レベルとなり、特に山梨大学医学部付属病院の新研修医は16名と、例年の30-40名から大きく減少しました。7年前に開始されたマッチング制度により医学部卒業生は全国の117の大学病院または975の一般臨床研修病院から選択し、医師になってから最初に2年間の研修を行うことが義務付けられています。以前は、卒業生の多くが母校の大学付属病院で研修していた状況が、マッチング制度により卒業生の研修先は多様化し現在では半数以上の研修医が大学病院ではなく一般臨床研修病院で研修を行うようになっております。専門性の高い患者が集まる大学病院よりも研修医でも診療可能なプライマリーの患者の多い一般病院の方が初期の研修には適しているという漠然としたイメージがこの変化の基本的な要因です。
今回の山梨大学のマッチング結果に関してさまざまな意見があり、学生からは「山梨大学の研修は魅力がない」、研修医からは「山梨大学の研修は後輩にはとても勧められない」など厳しい声があがり、果ては我々指導医側も「もしかすると卒業生のためを考えれば無理に山梨大学での研修を勧めるよりは人気のある病院の研修を勧めた方が本人のためになるのではないか?」という自暴自棄な雰囲気まで出てくる状態です。しかし、本当に山梨大学医学部の卒業生は山梨大学以外で研修した方が良い医師になれるのでしょうか?医師になって初めて行う研修は一人一人の医師の人生に一回しかない経験です。一人の医師が同じ条件で二か所の初期研修を受けることはできないのですから直接的な比較は困難であり、どこでどのような研修を行うことが将来医師として活躍するために最適であるかについての客観的なエビデンスはこれまで全くありませんでした。
そこで今回、私は7年前のH16年第一回マッチングに参加した山梨大学医学部19期生全員の卒業後の追跡調査を行い、研修先とその後の医師としての活躍の関係を直接分析しました。山梨大学医学部19期生97名および同じ学年で他大学出身で山梨大学医学部に入局した2名(山梨県出身)を合わせた99名に関してH18-H22までの最近5年間に医学中央雑誌データベースに筆頭著者として全国レベルの学会抄録、和文論文をいくつ発表しているかを調査しました。この99名は5年間に合計394回、つまりひとり平均4回の発表をおこなっておりました。これらは主として後期専門研修中の発表ですのでほぼすべてが症例報告や臨床研究でした。つまり、専門医としてきちんとした臨床研修ができているかの指標として非常に適したものです。専門学会での活動は専門医資格取得の最低条件ですから、後期専門研修中に年に一回も全国レベルの所属学会に臨床的な発表をしていないようであれば、研修環境が悪く専門医の指導をきちんとうけられていない恐れがあります。
対象とした99名のうち、山梨大学医学部で研修した医師が32名、それ以外で研修している医師が67名でした。これらの2群で卒業時の成績には全く差がありませんでした。ところが驚くべきことに、最近5年間の発表数は、山梨大学が中央値5回に対して、それ以外は3回とはっきりした差がありました。図1に示しますように、平均以上に発表している医師の割合は山梨大学63%に対して、それ以外42%でありp=0.04で有意に山梨大学で研修した医師の方が高い成果をあげております。実際には図2に示しますように山梨大学の研修医は5回をピークとした一峰性の分布をしているのに対して、それ以外の研修医は発表回数の少なくなるほど人数が多くなっております。すなわち、卒業時の成績に関係なく、研修先が山梨大学であるか、それ以外であるかによってその後の専門研修の成果に大きな差が生じており、とくに山梨大学以外の研修では実に6割近くの医師が平均以下の発表実績にとどまっていることが明らかとなりました。
さらに初期研修と後期研修の場所の組み合わせによっても検討しますと、図3に示しますように初期も後期も山梨大学附属病院で行った卒業生では、4回以上の発表を行った卒業生が80%近くを占めるのに対して、一般病院や他大学で研修した卒業生で4回以上の発表ができたのは40%台になってしまうのです。重要なのは初期研修を一般病院で行った場合には後期専門研修を大学で行ってもその実績は、初期研修から大学で行った場合を下回っていることです。学生からはよくまず一般病院でプライマリーケアの初期研修をしてから大学で専門研修をするのが良いのではと質問されます。しかしこのデータが示すとおり研修の初期に大学病院で高いレベルの医療の基礎を身につけることが重要であり、初期研修をプライマリーケア中心の一般病院で行った場合よりも医師としての基本的な目標意識が高く設定されその後の専門医としての伸びが良くなることが推察されます。
ここで最も注目すべきことはこの結果は研修施設ごとの研修医の比較ではない、つまりたとえば山梨大学の研修医と別のある大学の研修医全体の比較ではないということです。あくまでも山梨大学医学部の卒業生に限って同じ学年の卒業生がどこで研修したかによってその後の実績がどう異なるかを比較したということです。そしてその結論は、「山梨大学医学部の卒業生は、母校の大学病院で研修した場合が最も成果が上がる」という、今も昔も変わらない真実なのです。これは現在のマッチング制度でも変わっていないです。我々山梨大学の指導医はまずこのエビデンスをしっかり認識して自分たちの意識改革を行い、自信を持って学生・研修医の指導にあたることが重要です。いうなれば「山梨大学医学部の卒業生のためを考えたら山梨大学での研修を勧めることが指導医としての義務である」という「エビデンスに基づくガイドライン」が存在するのです。
この理由としてはさまざまな因子が考えられますが、もっとも大事なことは医師の「研修」は全人格的な「修行」であり、母校の先輩・後輩・同窓の絆を基礎にお互いに助け合いながら切磋琢磨すること以上に医師として実力をつける良い方法はないということだと考えます。マッチングを入学試験の延長と捉えて、研修先を偏差値やブランド、イメージ、評判、病院が都会にある、待遇、表面的な研修内容や雰囲気、設備、研修医募集担当者のリップサービス、知人の一面的な経験談、などで選択し全く人間的な絆のない施設で行ってもよい指導はうけられないことをこのデータははっきり示しています。山梨大学医学部の卒業生を日本中、世界中の誰より、どこより親身になって熱心に指導し、専門医として立派に育てているのは間違いなく医学部同窓の先輩たちつまり山梨大学医学部そのものなのです。この単純で本質的な真実が学生・研修医・指導医に十分認識されていなかったことが今回のマッチングの結果につながったと考えられます。
もちろん山梨大学附属病院の研修プログラム自体についても実際的な改善すべき点はたくさんありますが、これらはH23年度より大幅に改善されます。研修医の声を取り入れたより柔軟なプログラム、初期救急研修の充実、研修センターの大幅拡張、シミュレーションセンターの開設、そして給与の大幅なアップ、などできることはすべて開始しています。また数年後には病院の新築が予定されております。さらには現在の研修医が40歳になり専門医として山梨と日本の医療の中核を担う時期には品川―新甲府駅(おそらく大学病院のすぐそばにできるでしょう)を15分で結ぶリニアが開通し山梨が日本の大動脈となるなどこれから山梨大学で研修を開始しようとする研修医にとっては明るい材料が目白押しです。是非、山梨で道を切り開いていきましょう。
(2010年 第一内科医局旅行)