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ターニングポイント?

鈴木 健文

精神神経医学・臨床倫理学講座(2018年6月)

(あくまでも主観的だが)私は以外とuneventfulな人間かもしれない、、、、

親族に医師がいない中で、医学部に進学したことは1番目のターニングポイントと言えよう。そして、1998年に慶應義塾大学医学部を卒業した。その先の進路を巡り、手先に自信がなく、外科系教室は自分にとって最適ではないと感じた。

そうした中、精神疾患に対する興味およびunmet needsを(不十分ながらも)理解する、また医局の雰囲気の良さを実感するにつれ、精神・神経科学教室入局する際にほとんど迷いはなかった。また精神薬理研究室にお世話になる事となったが、研究室の素晴らしい雰囲気である、やるべきことが実臨床と直結する、という観点から、やはり入室にほとんど迷いはなかったと言える。

精神薬理研究室メンバーの多大なお力添えも頂き、主に精神薬理学に関する臨床研究に携わってきた。はじめはほぼゼロからのスタートであったが、2003年以降細々と学術論文を発表してきた。ただ、(自己特性を勘案し、2年間のトロント大学留学を除き)大学等ではなく民間の精神科単科病院である井之頭病院に所属して、臨床業務を行ってきた。日々臨床疑問に遭遇するにつれ、治療結果を幾らかでも改善させることが、臨床研究を遂行していく上での大きなmotivationとなった。

本来精神疾患のターゲットに関して迷いがなかったら、そちらの方向に自然と動いていたと考える。が結果的にはgeneralistとなり、専門は精神科診断、治療学一般、という曖昧かもしれない立ち位置にいる。今までの論文の多くは、研究というより調査の域を出ないものが多いかもしれない。しかしながら将来はどうなるかわからないので、自分の選択肢を減らさないという意味からも、置かれた環境下で出来ること、やるべきことをこなしてきたつもりではある。generalistでもそうしたことはたくさんある。

基礎研究対臨床研究、specialistgeneralistのような画一的議論はあまり生産的ではないのかもしれない。性格、考え方によっては一直線に行くのではなく、曖昧さの中からもなんとなくそれっぽいものに到達しようとするやり方もありだと考える。皆様も自分の特性を見極め、どこのピースで最もフィットするか熟慮することを勧める 。ただし精神科が単に曖昧なもののみであり、非科学的であるという誤解、偏見は払拭していきたい。

今まで慶應義塾大学精神・神経科学教室、精神薬理研究室のメンバーに対する感謝は筆舌に尽くし難く、彼らのサポート無くして現在の自分はあり得ない。とりわけ八木剛平先生、神庭重信先生、三村將先生、渡邊衡一郎先生、田中謙二先生、および同期の内田裕之君、後輩の竹内啓善君に深謝したい。今までそうした非常に居心地のよい環境に居ることは普通の事に思えたが、むしろ例外的なことなのであることを痛感する。

今後この地で生産性が高く、やり甲斐があり、働きやすい環境を提供するように尽力したい。残念ながら山梨県内に残る医師の数の少なさを目のあたりにすると、これは喫緊の課題である。今回は今までのcareer pathから(少し外れて)一歩踏み込んで、山梨大学医学部精神神経科・臨床倫理学講座赴任した。このことは自分の中では2番目のターニングポイントと言えるかもしれない。これも何かのご縁なのだろう。今まで本当に多くの方々のお世話になってきた。今後はspecialist、基礎研究までを見据えた臨床家のgeneralistとして、その恩に少しでも報いることが出来るよう、同志と研鑽を積んでいきたい。

 


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