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臨床から創薬、臨床治験開始までの17年

波呂 浩孝

整形外科学講座 (2012年9月)

 大学時代6年間サッカーに明け暮れ、その間骨折をして母校の整形外科に入院をさせていただいた。卒後医師として生きていく上でもスポーツと関わっていたいと思い、整形外科教室に入局した。医科歯科大学整形外科は当時Jリーグがまだ設立されていなかったがNTT関東サッカー部やリクルートアメリカンフットボール部のシーガルズなど様々なスポーツの試合や合宿、遠征に帯同して活躍されている先輩がおられた。先輩たちにお願いして週末試合に参加させてもらい、チームドクターの末席として経験をさせてもらった。これが医学部学生のときに夢描いていた理想の職場であり幸福な時間を過ごすことができた。一方、整形外科研修医であったため月~金曜は大学病院で脊椎、上肢、下肢、腫瘍などの班を定期的にローテートして研修をしていた。脊椎研修のときに担当させていただいた頚椎症性脊髄症の患者さんが、術前箸が使えず歩行できなかったのが、術後可能となり人生が変わったと感激して担当医にお礼を述べている場面に遭遇した。ここが人生の大きな転機となり、スポーツから脊椎脊髄外科の門を叩くきっかけになった。
 ある日外来で30代前半の男性が救急車で搬送され、今朝から腰下肢痛が辛くて安静にしていても動けないといって来院された。何でも今日、大阪出張に何としてでも行かねばならず、すぐに著効する治療をしてくれと懇願していた。診断は腰椎椎間板ヘルニアによる腰部神経根症で、ブロック治療を行い症状は軽減したものの、出張はキャンセルして入院となってしまった。厚労省国民基礎調査によると腰痛は本邦で最も多い愁訴であり、その7割は原因が特定てきない非特異的腰痛である。診断可能な特異的腰痛の3~4割は腰椎椎間板ヘルニアで20~40歳代の男性に多い。つまり、働き盛りの世代に好発する頻度が高い疾患である。しかし、テキストでは治療は安静、牽引、NSAIDの投薬、ブロック療法を行い、軽快しない場合にはヘルニア摘出術あるいは前方固定術を実施するとされていた。つまり、根治療法はなく、対症療法しかなく、最後には手術でヘルニア塊を切除して神経除圧を図れということである。釈然としない印象をもって治療をしていると、患者は1週すると症状の軽減が見られ始め、3週間すると歩行に支障がなく退院された。
 脊椎班の上司と一緒に椎間板ヘルニアの臨床、基礎研究を開始し、MRIで椎間板ヘルニアは自然退縮し、椎間板母床から移動した脱出型、ならびに造影剤の増強効果をみるヘルニアに退縮がみられやすいことを発見し、これは現在日本整形外科学会腰椎椎間板ヘルニアガイドライン、ならびに米国整形外科学会テキストにも掲載されている。大学院に進学して退縮のメカニズムを明らかにすることにした。椎間板は髄核と線維輪から構成され80%が水分の組織で血行がない特徴があるが、椎間板ヘルニアの手術検体では血管新生がみられ、マクロファージを中心とした炎症性細胞が浸潤している。変性した椎間板が脊柱管に脱出し、これに反応した炎症性細胞であるマクロファージと相互作用を起こして、VEGFなどの血管新生因子が誘発され、MCP-1などの走化性サイトカインによりマクロファージの浸潤が加速しさらに炎症を惹起する。この結果、椎間板細胞やマクロファージから分解酵素であるMMPが産生されていた。退縮にはこのMMPが主要な因子であろうと考え、米国Vanderbilt大学留学中に、MMPノックアウトマウスなどを使用してMMP-7が炎症を惹起し、MMP-3がヘルニアマトリックスを分解することを明らかにした。帰国後、日本獣医畜産生命科学大学獣医外科と共同研究を行い、椎間板ヘルニアを自然発症するビーグル犬を使用しMMPタンパクによるヘルニア分解能を検討し良好な成果が得られた。そこで、帝人ファーマ社と化血研と共同でrhMMP-7を創薬し、椎間板ヘルニア手術検体、サル椎間板に分解能を示し、神経毒性がないことを確認した。日本欧米で特許を取得し、近近に臨床治験を開始する予定である。この治療法が臨床で使用できるようになれば、前述した急患はMRIで診断された後に、透視室でMMP-7を注入すればヘルニアが縮小し数日後には復職が叶う。しかし、ここまで来るのに17年間を要し、実に多くの方に助けていただいた。壁にぶつかって困っていても、一生懸命前向きに日々努力しておれば不思議とプロジェクトを支えてくれる人が日本にも海外にも現れた。より低侵襲治療を目指そうと椎間板穿刺のデバイスを考えていると、メドトロニックダネック社のエンジニアが興味を持って直径2mmの針が製作された。これまで私は以下のことを学んだ。
・現状の治療は100%ではなく、将来さらに進歩した医療を提供せねばならない
・臨床研究のヒントは日常診療の目前の患者さんにある
・一期一会、一つ一つの出会いを毎日大切にして生きれば、困惑のときに助けてくれるひとが現れる
 今後も真摯に愚直なる努力をしていきたいと思う。

ナッシュビルVanderbilt大学の恩師

 


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