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20年間の自らの研究を振り返って

森石 恆司

微生物学講座 (2011年4月)

 病原体が、感染(侵入)し、自身を増殖する過程あるいは病原性発現の過程で、何かしら宿主機能に影響を及ぼします。例えば、遺伝情報と包み込む殻だけをもつウイルスは、宿主の多くの因子を利用しなければ、自身を増やすことができません。時としてウイルスゲノムが宿主遺伝子を取り込み、また、宿主ゲノムがウイルス遺伝子を取り込んで、機能する場合もあります。感染あるいは食品中で増殖した細菌から産生されるいくつかの細菌毒素は標的となる宿主蛋白質を毒素自身のプロテアーゼ、ADP-リボシル化などの酵素活性によって修飾し、病原体自身に有利なように機能させます。長い年月をかけて、そのような共生・寄生関係を築き、特異性がどうして獲得されたのか?そんな魅力に取り付かれて微生物学領域の研究生活へ入り込みました。 私は札幌に生まれ、北海道大学に入学し、28才の大学院時代まで、北海道で過ごしました。大学院時代から病原微生物に関わっており、テーマは最強の毒物と言われる毒素、食中毒菌のボツリヌス菌が産生する蛋白質神経毒素の研究です。現在では、感染症法でその研究自体は厳しく規制され、研究機関として政府に申請しなければ研究できません。当時はそんな法律もなく、研究に関してそれほど厳しい制限がありませんでした。ボツリヌス菌を大量培養し、培養上清から神経毒素の精製を行い、遺伝子構造と生物活性について解析していましたが、毒素自体の活性も、神経細胞内の標的となる因子も良くわかってませんでした。ボツリヌス菌を研究しているグループではなく、神経伝達放出を研究しているグループによってその謎は解かれ、あっという間に先を越されたのです。ボツリヌス菌神経毒素活性の実体は、自身の亜鉛依存のプロテアーゼによってシナプス前膜とシナプス小胞との融合に必須なシナプトブレビンなどを切断することで、神経伝達物質放出を抑制するというものであります。標的の基質の扱いさえ熟知していれば、比較的簡単な実験で証明できたと思います。この時期は学生で刹那的に論文を書く事しか考えていない時期でしたが、多面的に研究しなければいけないことをここで悟りました。
 研究人生の転機の一つは留学です。大学院を修了して、国立感染症研究所で研究員になり、ボツリヌス菌およびリステリア菌の細菌毒素についての研究に取り組むことになりました。細菌が産生する蛋白質毒素は標的細胞に様々な活性を示し、いくつかの細菌毒素はアポトーシスを起こすことが報告されおり、また、いくつかのウイルスはBcl-2ファミリー蛋白質の相同遺伝子を自身のゲノムに組み込み、それを感染や病原性発現に利用していることが分かり始めた頃で、アポトーシス機構に興味を持つようになりました。表向き、病原微生物が関与するアポトーシス誘導機構を研究をするため(実は、自分を変えるきっかけが欲しいというのが本音で)、オーストラリアのメルボルンへ旅立ちました。運良く、日本のグラントを頂くことができ、行き先はWalter & Eliza Hall Institute of Medical Researchです。バーネット、メトカーフ、ミラー、ノサールなど著名な免疫学研究者を排出している研究所で、本来なら私のような者が立ち入る事を許して頂けないような場所であったのですが(たぶん給与持ち込みのおかげで)、Bcl-2ファミリーの研究で著名なジェリー・アダムス教授とスザンヌ・コリー教授の基で、初めての日本人ポスドクとして研究する事になりました。アポトーシス研究は、ノーベル賞でも分かる様に線虫における研究が先攻しており、当時、多くのグループが線虫モデルを参考に哺乳類モデルを考えてました。私に与えられた仕事は、線虫のCed-4と言う蛋白質の当時分かっていなかった哺乳類相同体とその下流因子を同定すると言うもの、それとBcl-2ファミリーの一つBimの制御因子を探すという二つの仕事を託されました。ファージによる発現クローニングと酵母2ハイブリット法を用いて、ティータイムもキャンセルして、日夜スクリーニングし続けましたが、残念ながら既存のものしか単離されて来ません。そうこうしているうちに、Bimのほうは、なんと同じ研究室内の競争相手に負けてしまい、結局、Ced-4の研究のみとなったのです。暫くすると、他研究室によってCed-4のホモローグがHela細胞から蛋白質精製され、関連因子丸ごと同定されてしまい、畳み掛けるようにノックアウトマウスまで報告され、お先真っ暗の状態に陥ったのです。当時、線虫ではCed-9は直接Ced-4に結合し、アポトーシス抑制に働くと説明されており、哺乳類で言えばCed-4はApaf-1、Ced-9はBcl-2であります。暫くすると、Bcl-2/XLはApaf-1に結合することで、アポトーシス抑制に働くと言われる論文が数報出てきたではありませんか。しかし、哺乳類細胞では必ずしもそうではなく、その否定論文をPNASに出し、一矢を報いて帰国直前に結果を残す事ができました。なんとかオーストラリアに遊びに行ったんじゃないかという、疑いの目を向けられずに済んだのであります。短い二年間の留学でありましたが、後の研究に繋げることもできましたし、自身の次に繋がる経験もできました。
 感染研に戻ってからも、アポトーシス研究を続けようと思いましたが、社会的意義のある仕事をしたく、他の感染症で、アポトーシス研究に繋がるものはないか探していました。私にとって運が良い事に、感染研から阪大に松浦先生が異動する事を小耳にはさみ、頼み込んで仲間に加えて頂きました。これが研究人生の第二の大きな転機です。C型肝炎はご存知の通り、慢性肝炎を起こし、高率に肝細胞癌を引き起こすC型肝炎ウイルス(HCV)による感染症です。HCVは持続感染型のウイルス感染症ですのでアポトーシスを制御しているのではないかという仮説のもとに研究を行いましたが、思うように結果は出ませんでした。そこで、留学していたときに経験したスクリーニングが活きてきたのです。HCV蛋白質と相互作用する宿主蛋白質を探索した結果、ウイルス蛋白質がプロテアソームやコシャペロン等の宿主蛋白質の機能を利用して、病原性発現や感染機構を制御していることが分かってきました。オーストラリアで結果がでなかったスクリーニング技術でしたが、異なるテーマで活きてきたのです。阪大における十年間に在籍した学生やポスドクらの精力的で涙ぐましい努力と協力によって得られた結果を、松浦先生による最後の厳しい審査を通すことによって、ある程度の雑誌に論文がコンスタントに出る様になり、C型肝炎ウイルスの病原性発現機構とウイルス複製機構におけるいくつかの宿主側因子の機能が分かってきました。幸運にも、昨年8月に山梨大学に幸運にも異動する事になり、C型肝炎ウイルス研究を継続出来ることとなりました。これが研究人生の三つ目の転機になると思います。

 自分のこれまでの研究履歴をだらだらと書いただけになってしまい申し訳有りません。あまり為になる様なことは書けませんが、これまでの研究生活で得た自分なりの教訓はあります。ここであまり実名を書きませんでしたが、多くの方から教えを頂き、研究を進める事が出来ました。人とのつながりは大事だという事が一つです。また、一つのことをじっくり最後まで続けることも大事ですし、研究テーマを大きく変える事も悪くないと思います。そして、研究は努力と根性とアイディアが有れば切り開く事ができるのではないかと思います。結果の善し悪しを決めるのは、研究方向性を嗅ぎ分ける感性です。これは教えることはできないし、説明も難しい。努力しても報われない事が多々ありますが、それは人生においてマイナスではなく、必ずやいろんな形で将来の糧になると私は信じています。うまくいかない期間を耐えるだけのタフさが必要です。残念な事に、日本では基礎の微生物学領域で、医師の方は多くないと思います。是非、興味のある方、来て下さい。一緒に研究しましょう。


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